東ティモール 4週目

この前の週から、配属先(職場であるNGO ヒアム・ヘルス)に引っ越し、モリンガ生活が始まりました

事務所スタッフお手製のモリンガクッキー

20日目 8/5(月)

AM 突然、呼ばれて何の説明もなくミーティングが始まる。まだ配属3日目でオリエンテーションとかもないのに。

先週と違って廊下ではなく会議室で会議。AC効いてます。

自分が上司の時なら、突然の会議は「NO」と言ってきたけど、ここではあくまで一兵卒のため、素直に出席。(結局、人が集まってミーティング始まったのは30分後。まぁ、こんなもんでしょ。)

「今度する調査についてどうしたらいいと思う?」なんて、ざっくりした質問キター。でも、そんなこともあるかなと、ざっくりした調査票を先週の暇な時に作っておいたので「こんな感じでいかがでしょ?」とサラッといなす。これで実務能力についての信用を得たかな?

魚(たぶん冷凍)の揚げ衣が美味しい。あと、厚揚げ(左上)もある。

17:00に仕事終わり近所を散策。中国人街が近く、スーパーも中国からの食材が多くて、助かるー。

ワサビも$1。質はともかくあるだけマシ!

21日目 8/6(火)

モリンガの乾燥葉と粉もらった。でも2年前の。。。一応食べてる。。。

AM 今後の活動に必要な予算の試算作り。大好物のエクセル作業。なつかしのWinXPだったけど、バッキバッキにショートカットキーを使いこなし、東ティモール人もオーストラリア人ボランティアも思わず「おー、Maromak (神)」と。「神」という別名がつけられたのであった。

神なのでデスクでピサンゴレン(バナナ揚げ)食べちゃいます。

PMは 地方で収穫してきた生のモリンガが、冷蔵車に乗ってフレッシュな状態でやってきた。

ディリでは珍しい冷蔵庫付きトラック。最近、買ったばかり。

きちんと衛生用具をつけた、スタッフらが、選別、洗浄等の生産工程をこなしていく。

モリンガはその超パワーから即発酵するので、日光に当てないよう日陰で作業。
おやつでモリンガ入りのスーペルミー(インスタント麺)

22日目 8/7(水)

朝はパンもいいけど、モリンガ粉でシリアルに栄養マシマシ。豆乳使用。

AM エクセルで予算作りしてると、オーストラリア人ボランティア(農業)から「今度三つ葉を作って売ろうと思うけど、三つ葉ってオーストラリアだとあまりなじみがないから、栄養価とか教えてほしい」と言われ、ネットで調べて栄養価について英訳

栄養価みたいな専門用語はだと辞書使わないと英訳できないね。
東ティモール名物タイス柄のノート。オシャレだが大きすぎるし、重すぎる。。。

PMは、市中心部にお出かけ。ランチを海外バックパッカー大集合な宿で。バックパッカー宿の独特のノリ、久しぶり。

牛肉煮込みと赤米。美味しかったー。5ドル。
ガチョウ?が歩いてて平和。

市内に来たのは風疹の予防接種(自費)のため。

世代的に打ってないらしく。MMRという混合ワクチンをクリニック(初日に頭打ってきたとこね)で。

その後、SAMESと呼ばれる医薬品の中央倉庫で働く先輩を職場訪問。さすが政府系、ここでもゆとりのある働き方のスタッフが散見されます。詳細は割愛。

ちなみに金曜AMは、保健系の省庁は健康増進のために、運動の時間になってるから、バレー or サッカー or ポチョポチョ(インドネシア版のエアロビ?)をやってるから参加しなよーって。ちょっと行きたい。

99%がキリスト教のこの国で珍しいモスク
サテー(焼き鳥)売ってるので買い食い。1本0.25ドル。
ディリ湾に現れた豪華客船と伝統的な船。向こうにはOさんが活動するアタウロ島が。

夜はイタリアンを隊員女子2人と。隣の輸入食材スーパーから飲み物買って持ち込めるので、水とかビターレモンとか持ち込む。

まぁ普通のイタリアン。カジュアルな会食とかでも使えそう。

ピザ、ラザニア(パスタで2か3番目に好きかも)、カルパッチョ(日本は白身魚が多いけど、あれは日本オリジナルで本来は牛肉なんだよね)食べてお腹いっぱい。青タクで帰宅。

ど迫力だったカルネ(肉)スペシャルピザ。

23日目 8/8(木)

AM 誰に頼まれたわけでもないけど、やることなくて暇なので、生産コスト分析、生産効率分析、市場価格比較を実施。自己満足。

一応、モリンガを意識した色のパワポ。

こうやってデータを見ると、石垣島やバングラデシュよりも生産性が悪いぞ。大丈夫か??と、ここの事務所は誰も気にしないのも大丈夫か??

ママレモンはこの国でもママレモンで通じます。

PM また、突然の予算会議に呼び出し。てか、マーケティング関係なくない?と思いながらも出席。

販売用の野菜を栽培している農家、つまり仕入先の調査はマーケティングの仕事なのか?どちらかといえば調達じゃない?と思いつつ、この小さなNGOにはそんな職種もなく、モノが動くところ(つまりSCM)は基本的に自分の仕事なのかな?と自分で納得することに。

Bakso(肉団子入り麺)食べたり、エステ(=アイスティ)飲んだり。

24日目 8/9(金)

古着市場が並ぶ通り。近所です。女性用は結構いいのあるけど、メンズは微妙。

AM

神として予算作り(エクセル作業)を手伝う

ココナッツご飯とバナナの葉で糠づけっぽい魚蒸したの。南国っぽいメニューね。美味。

なんか騒いでるなーと思ったら、突然の政府発表で月曜が休みになった。

PM

「3:30に出るわよ!」と言われ、え?どこに?と思ったら、AFS(Agora Food Studio)というオーガニック食材を使ったレストランでモリンガ料理のワークショップ開催中(だから人いなかったのか、てか、情報共有してよ)

LELIという語学学校の最上階がAFSになってる。
モリンガ粉と芋(ヤムを?)練りこんだトルティーヤ

モリンガ料理、いや、モリンガを使った料理の多様さ感じました。

アボカド、ゆで卵とモリンガ粉

しかし、あえて言うと、どれもモリンガの味がしない。抹茶のように食べてすぐにわかる味ではないので、特にモリンガを入れる意味がなくなってしまう気がする。 栄養価の補助としてはクセがなくていいとは思うが、あってもなくても同じという捉え方をされるのではと危惧。

モリンガ粉とレモンピールでトッピング

日本から麹持ち込んで味噌作ってるオーストラリア人とか、パン焼き職人の東ティモール人とここにいる人らはかなかなか面白かった。

日本から麹持ち帰り味噌を手作り

25日目 8/10(土)

市内へお出かけ。まずはディリ1美味いというジェイトゥ・バーガーへ。

隣の輸入食材スーパーでビール(ビールはピルスナーが好き)買ってバーガー。 最高!

そのあと、グロリアジーンズ(インド時代はお世話になった)でフラペチーノ的なの。

インド時代は朝サッカーの後はこれ飲んでた。懐かしの味。

文明的な飲み物を飲んだ後は、こないだ遊びに行った先輩隊員がやってる竹細工の展示会を冷やかしに。竹細工はもちろんのこと、学芸員の先輩が展示方法、パネルの写真は写真隊員の先輩がと、芸術系の先輩らの努力を見てきました。

ポルトガル時代の趣が残る街並み。展示会の中は写真禁止ってなってから写真はなし。

外付けモニターが欲し くて、ディリのアキバことコルメラの家電街をうろうろ。

わかりづらいけど、手前のアイスクリーム屋さんと奥の中古PC屋さんが繋がってる謎の兼業仕様

中古PCショップで$150〜、新品だと$115〜。え?逆じゃない?

26日目 8/11(日)

AM 大使館横の空き地で毎週日曜にソフトボールやってるらしいので同期女子らを引き連れて参加。(といいつつ、私が遅刻して一番遅く到着)

毎週日曜恒例。空き地なのでプレーの途中でタンクに水を汲む子供が通ったりして中断することもしばしば。

PM

(来たばっかりの私がなぜか)幹事としてビーチBBQを開催。

すでに何回も来てるクリストレイ湾の向こうがディリ市内です。ミニバスで30分くらいかな?

公邸料理人のアニキが食事・飲み物のアレンジをしてくれたのですが、いやーさすがプロ。シビレました。

Tボーンステーキ、カレー、カツ、煮卵、土器で煮込むラタトゥユ、キャロットラペ、オリーブ、飲み物もビール、ワイン、各種スピリッツに、手作りのパッションフルーツやいちごジュース等々。。。いや〜、こんなに充実したBBQ初めて。

たくさんの人に参加してもらいました。

死ぬほど綺麗なクリストレイの海の前で、JOCV(青年海外協力隊)16名、他、在留邦人や韓国の方など21名と大勢の方に参加してもらいました。盛り上がったようでなにより。また、BBQやりたいね。


花蓮(HUA LIAN)かな?こういう中国人の商店で輸入食材(しょぼいけど)とか買えるのでマジ助かる。

色々会議とか出て感じたのは、東ティモールの人らの説明の仕方は、まだまだだなと思った。

例えば、今後の活動計画について話すと、上から順番に読んで大事なことも大したことないことも同じ扱いでメリハリなし。そりゃ、時間がいくらあっても終わらないわー。あと、社交辞令的なというか形式的なちょっとしたスピーチとか好きですね。「はよ、本題に入れ」と 日本で一番要らないと思ってたやつだ (笑)。

あまり意識したことはなかったけど、自分が超合理的な人間に思えてきた。

モリンガクッキー

まぁ、どっちが良いかは置いといて、自分のスタイルと違いがあることを認識したうえで、変えたほうがいいところは変えていこう。何でもNenei(ゆっくり)だね。

東ティモール 3週目

この前の週末が同期7名が一緒に過ごす最後の週末だったので、ドミ(宿泊所)隣のベトナム料理屋にみんなでベトナム火鍋を食べにいく。まさかの店員にあの路上剃り込み兄貴がいたりして面白かった。

13日目 7/29(月)

また、夜明け前に起き、屋上に上り、朝焼けを見てから、路上パンを買いに行く。

かすかにクリスト・レイの世界3番目のキリスト像が見える。

路上パンを買いに行く道中、バイクから声かけられ振り返れば、また路上そり込みアニキ。彼も朝のパンを買いに行くとこらしい。会いすぎ。

何気のこのバナナジュースも美味い!

先週で語学学校も終わり、終日JICA事務所で、ボランティア以外のJICA事業について座学。

この国では珍しい(暑いので酪農がいまいち盛んじゃないんですよね)ヨーグルト。
酸っぱー。でもモリンガ混ぜればマイルド〜。

東ティモール来てから約2週間続いた、オリエンテーション期間もいよいよ明日で最終日。各自、JICAの東ティモール人スタッフの前で、この2週間で学んだこと、これからの抱負などをプレをする。もちろんテトゥン語で。

私はプレ自体が比較的得意(というか慣れてる)し、外国語を話すのも嫌いじゃない(こちらも慣れてる)ので、適当に準備して寝ようかと思ったら、同期はみんな夜中まで原稿作ったり、練習したりしている!

ここはひとつ協力隊精神で助け合いをと、他人のプレを夜中まで修正するおせっかい野郎は私です。

14日目 7/30(火)

AMは申し込みから2週間たってようやく出来上がった銀行のATMカードを受け取りに。

海外でのATMを使い慣れてる私(たぶん年間10回以上は使ってる)は、ここでもお節介。ATMの使い方やPIN(暗証番号)の変更を同期に説明。

PM 昼飯に食べたパキスタン料理が全然ダメで、テン下げしつつも、待ってました

これでてくるまで20分以上かかってるし、5ドルもするのに小さいし
ジーラ(クミン)は粉でちょっとしかかかってないし 涙

テトゥン語でプレの時間。

「鉄の会社からタイヤの会社に転職しました。鉄の会社はちょっとおカタい雰囲気だったので、鉄だけに。ね、ゴムのほうがやらかいでしょ?」といった、ボケを入れたんですが、そこそこウケてよかった。

テトゥン語でもボケられる!

「東京の大学を卒業。ええ、東京大学、つまり最高学府ではなく、あくまで“東京の大学“です」とか

みんな大好きナシゴレン

インド店主のワルン(食堂)にまた行って、ナシゴレン食べてると、「あいつ日本人なんだよ」と店主が、東ティモールで事業をやってるイラン人を紹介してくれる。イラン人「あ、お前何回かモールで見かけたけど、アフガニスタン人だと思ってたわ、日本人だったんだ」と。いやいや、それ、ヒゲの問題。でも、こちらでのネットワークが広がってよかった。

15日目 7/31(水)

これまで共同生活をしてたドミから各自の家に引っ越し(もちろん自分で)する引っ越しDAY。

これが2週間暮らしたドミ。男女でしっかりフロア分けてます。

すでにお気づきかもしれませんが、この2週間散らかしに散らかしたので、またも、地獄が始まる。(二本松の訓練所を出る時も泣きながらパッキングしてたくらい苦手)

お昼を食べに行く暇なく、買い物に行った同期をパシらせて、弁当(Nasi Kotak)買ってきてもらう。

同期にパシってもらって弁当買ってきてもらう。1.5ドル。美味。

移動はTAXI。初の電話予約(もちろん、テトゥン語)。意外とスムーズに予約できた(自分のTEL番号をまだ覚えてなくて、キョドったのは内緒)

一人でこの荷物の量。。。我ながらLCCでよく持ってこれたな。

PM タクシーで到着(言っても5分くらいの距離)。先週既にあいさつ済みのおかげで、スタッフがわらわらと出てきて手伝ってくれる。

職場の裏のゲストハウスに住むんです。

これが自宅。全然、綺麗だよね。

荷解きを終えて、シャワー浴び、ベッドでゴロゴロ…しようと思ったけど、めんどくさがりの性格の割に頑張って(まぁ、最初だしね)ちょっと事務所に顔を出してみる。

これがモリンガじゃー。

街中から少し外れてるけど、畑の隣で静かでいい環境。停電もないし、水もモリンガ洗浄用に地下水くみ上げて、紫外線殺菌をしている水が飲み放題と、便利。

国産牛ショップ
売り方も日本みたい。

16日目 8/1(木)

初出勤。

いちおうそれらしいデスクはもらった。ノートPCがよかったなー(贅沢言うな)

とりあえず、あいさつ。それ以降は暇。誰も何も教えてくれないのね。ま、そんなもんか。最初の3か月はいろいろ見たり聞いたりして、自分に何ができるのか、彼らが何を求めているのかを知る期間にしたほうがいいと思うと

職場で突然始まる試食タイム。有機栽培ハーブ(フェヌグリーグ)と料理用バナナ(プランテン)炒め。美味い。

二本松でも習ったし、とりあえずは周りとダベったり、畑をうろついてみたりしながら、みんなが何をやってるのか、どんな働き方をしているのかを見る。

家の横のモリンガの木。でっけぇ。1年で3m伸びるスピード。

17日目 8/2(金)

朝から、「有機野菜の直販売を最近始めたんだけど、事業計画つくってくれる?」とか超カジュアルに結構大きな話をフラれてとりあえず、会議。

廊下で十分、会議室なんていらんのや!死ぬほど暑くて蚊がめちゃくちゃ多かった。

マーケティング担当者がこの組織にはいないので、割と基本的な話でも「ほー、さすがマーケティング担当!」と褒めてくれるけど、そんな大した事は言ってないので盛大に褒めらえると微妙な気分。

そして、ここでも俺のエクセルテクニックは通用するぞ。20代の貴重な時間をスプレッドシートにつぎ込ませてくれた、鉄の会社やタイヤの会社よ、ありがとう。

お昼のワルンは、ここで初の犬肉(他の国では経験済み)。

右側の皿が犬肉。唐辛子、にんにく、ハーブで味付け。美味い!

モリンガの種。羽とって、カラをむくとなんとも言えないガツンとポリフェノールといった風味の種が。食える。これでガンを治せせた人もいるくらいの超パワー。

帰国済みの先輩隊員が、久しぶりに帰ってきたので、市内のタイ料理に。

そのへん歩いてるティモール人が普通に我々の仲間に痴漢してきたのが驚いた。

18日目 8/3(土)

先輩隊員らが酒飲んでチルってると聞き、また、クリストレイのビーチに。

若者は海に入りがち。おじさんは見るだけ。わはは。

バーガーキングを買って綺麗な海を見ながらのバーガー。空き缶をドラムがわりに叩く楽しさに気づいた。

いや〜、ワッパーたまらんね。

19日目 8/4(日)

朝から近所の豚さん大脱走。野犬が集まり「うぉぉ、なんじゃあのでかい生き物はぁぁ、と大興奮する様をみれてよかった。早起きは得。

豚さん脱走中、意外にデカくて笑った。最近見かけないけど食べられたか…

ターメリック、ココナッツミルクで炊いたナシクニン初体験。

テンペ(豆発酵させたインドネシア版納豆??)入り

市内の中華レストラン新規開拓。山西省出身のオーナーがやってるのは一人15ドルとソコソコの値段したけど、美味い!

スパイスも惜しまず使って、量も3人前くらい出てくる(Doggy bagで持ち帰り)

満足した後、近くで先輩隊員らが飲んでるらしいので、合流。まさかの中華料理はしご。この国でもちゃんとピータン豆腐とかあるのね。

魚って書いてあるTシャツ。うーん、魚かぁ。

中華系スーパー(とにかくモノが少ないティモールにしては相当助かる品揃え)を新規開拓したり。

アイロンたった7ドルだった。ありがとう。中国人。

サッカーボールを庭で蹴ったり。


2週間のオリエンテーション期間の集団生活も終わり、いよいよ配属先(=職場)へ。

これからはなんでも一人でしなければいけないけど、割と余裕のスタート。

集団生活時代から、一人での時間を大事にしていたこともあり、それほど大きなギャップを感じずにスタートできた。あと、やはり語学ができるのがかなり大きいと思う。職場では英語が公用語、事務所のローカルスタッフやお店などではテトゥン語(と一部インドネシア語)。だから、話せるってのは強みだブー!

東ティモール 2週目

ボタルディ〜、TL(Timor Leste=東ティモール)来て2週目は現地で学校に通ったりします。


6日目 7/22(月)

AM いよいよ今日からDIT(ディリ工科大学)の語学コースに通うので、自分らで朝ミクロレット(ミニバス)に乗り、通学しなければ行けないんです。

ベモの運ちゃん。愛想はないが割といい人多い。
こないだは突然、食べてたとうもろこしを
「コレガ(=友達)、これ食べるか?」差し出された。

東ティモールの言葉であるテトゥン語。我々は日本での70日間の合宿でみっちり勉強してきたので、ある程度は話せます(私、実は結構勉強してたので、中間、最終試験共にノーミス、満点でした、ドヤ〜! 笑)

しかし、東ティモールでそれぞれの活動先で使うために、より専門的な用語を覚えたり、合宿が終わってから勉強せずにすっかり忘れた人のために、現地で再度、語学学校に通う。(とはいえ、4時間x5日の計20時間なので、大した内容じゃない)

ウマルーリックと呼ばれる
伝統的な聖なる家がDITのマーク

テトゥン語でテトゥン語を習うと聞くと、身構えちゃうかもしれませんが、私の場合、日本で習った時の先生(東ティモール人)が、途中から日本語話さなくなったので、最後の方は、授業中にもテトゥン語で質問し、テトゥン語で答えてもらってたので、割と平気でした。慣れって怖い 笑。

同期と(たくさんの蚊と)ともにコンテナ改造したような部屋で学ぶ。

学校から戻り、お昼をいつものフードコートで食べる。

小豆みたいな豆を入れて炊いたコメ、うん、赤飯ですね。美味。

配属先(=2年間ボランティ活動するところ)に挨拶に。

新しく建てたばかりの事務所。いい感じです。

おぉ、東ティモール人のスタッフもみんな英語話してるぞ。思った以上にちゃんとしているし、事務所も超綺麗。裏に畑(試験農場)もあって、いい感じ。

試験農場ではモリンガ、キャベツ、ナス、カリフラワ、ロケットレモングラス、ミント等々盛りだくさん。(売り物なので、勝手に食べられません 笑)

7日目 7/23(火)

朝の定番、路上のパン屋。パン以外にもバナナの天ぷらとかも。
場所によって味が違うけど、パンはどれも美味い。0.1ドル

朝は語学学校。今日からは同期7名を、これから学校で教える教育系グループ4名と、保健系グループ3名の2グループに分ける。私はマーケティング職にも関わらず、栄養士、元薬剤師の講習生成隊員とともに保健系に。

DIT正門前で。通学前のとは思えない不審者感。

お昼はDITの学食。いくつかワルンがあって安くて美味い。

ナシクニン。ココナッツミルクとターメリックで炊いた黄色いご飯。

午後は保健系の同期の職場訪問。容赦無くテトゥン語で話されるなーと思って見てた。

夜は、JICAの産業アドバイザー(JICAって、協力隊のボランティア以外にも、色々な途上国への支援をやってて、ボランティアじゃない専門家と契約して経済活性とかインフラ整備とかもやってるんです)との会食に誘ってもらい、色々こちらのビジネスについて聞くことができた。

ドミ(今の宿泊所)に戻り、今日誕生日の同期をアイスケーキでお祝い。こういう企画は自分にはできないので、気づいて手配できる同期は立派だなーと思う。

8日目 7/24(水)

JICAの建物屋上から毎朝見てた朝焼け。これを見てからパンを買い出しに

今日もAMは語学学校、語学学校のテトゥン語の先生は3人いて日替わりなんだけど、今日の先生はスアイ(東ティモールの南西地方)出身、二本松での先生もスアイ出身。偶然2人は同じ学校だったことが分かり、ティモール狭い!(さらにこの後、配属先の上司?も、同じ学校だったことが分かり、さらに狭いことを実感)

DITのトイレ。手桶で流します。清潔。濡れるけど。

PMは先輩隊員の職場訪問。私以外で一人しかいないマーケティング隊員の先輩が働く観光省へ。

このプレハブが観光省(の一部の部署)。。。

正直、観光マーケティングと私のモノを売ったりするマーケティングって、結構違うよね、と思いつつも、観光省のマネージャーとテトゥン語で質疑応答するのはいい経験になった。あと、官公庁での仕事って大変そう。。。

そのあとは、芸術系の官公庁の先輩を訪問。入ると、暇そうにたむろってるティモール人から「おー、xx(先輩、女性)のDoben(恋人)かー?」と、先輩もめんどくさいので「あー、はいはい、そうです」的なあしらいかたをすると「おー、Dobenんん!!!」と大喜び。中学生か笑。

暇そうに座ってるスタッフと、存分にテトゥン語での雑談を楽しむ。

その後、ワルンで飯食った。ナス美味。

帰宅する途中の事。「歩きスマホは危ないよね」と立ち止まってスマホいじってたら、建物から軍人がたくさん出てきて「Kolega(コレガ、友達の意)、何してるの?ここで立たれると困るんだけど」と。「え?」と思ってよく見ると、ここ「Ministeriu Defensa(防衛省)」。「ゴメン!」って言って慌てて、立ち去りました。

9日目 7/25(木)

朝、語学学校、8:30〜12:30で、10:35からはお茶の時間があり、コーヒー(東ティモールはコーヒーの産地)や紅茶とクッキーとかの軽食(と言いつつも、初日はなぜか食パンが出てきた)が振る舞われます。この時間はお掃除のおばちゃんとか他のクラスの人ら(先生グループの同期や、フィリンピンやオーストラリアから勉強にきてる人ら)とテトゥン語で話せるのでそれはそれで面白いです。

コーヒー・紅茶とスナック。きっキーとかバナナ揚げたのとか。

お昼はまた学食で。

エスブアってインドネシアのスイーツ

午後は竹細工隊員(こんな仕事もあるんです!)の先輩がティモール人の学生に竹細工を教えているTimor AidというNGOへ。子猫がいっぱいいたり、KOICA(JICAと同様の韓国のボランティア)でテトゥン語勉強している人らと話したり(もちろん、テトゥン語で)。

ベモ(ミニバス)で帰りました。ベモの中から「NAKATA」って書いてある、壁の落書き見て「え?中田?」って言ったら「日本人?セリエで活躍してた中田すげーよね?」ってベモのティモール人に話しかけられ、サッカーの話で盛り上がった。話せてよかったテトゥン語。

オエクシ(東ティモールの飛び地)出身の彼のカバンはお母さんが編んだお手製。

路上で剃り込みを入れてるちょっと悪そうな集団に声かけられたけど、テトゥン語話せたので、特に悪い絡まれ方もせず「おー、Kolega(友達)!」と。

路上で刺青半裸で剃り込み中。でも、悪い人ではない。

10日目 7/26(金)

朝はパン。と揚げテンペと揚げバナナとドーナツに東ティモールコーヒー。

5日通った語学学校も今日で終わり。「あと2時間で終わりかー」と思ってたら、突然、これからテトゥン語でプレやってと無茶振りが。この辺の計画性のなさが残念ながら東ティモールらしい。(まぁ、私は、突然、適当に話せとかは慣れてるので、プレとかも余裕ですが)

同期の別クラス(教育系)、別クラスで学んでた、フィリピン、オーストラリア人らも合流し3クラス合同プレをやって4時間x5日間=20時間の語学実習も終わり。

午後は市内の医療機関見学。ついでに腸チフスの予防接種を自費で打つ(本来は日本でやって来るべきだったらしいけど、「聞いてないよー」とダチョウ倶楽部)

夕食に近くのワルンに出かけ店主と話す(テトゥン語)

「店長、どこ出身?」

「インド」

「え?マジ?インド俺も住んでたよ!インドのどこ?」

「マジ?俺、チェンナイ出身」

「おー、タミルナドゥ州か、いいね。俺、MH州に住んでた。」

「あれ?てか、お前インド住んでたなら、英語話せるよね?英語でよくない?」

チェンナイからきた店長と

と、それまで気付かずお互いたどたどしいテトゥン語で話しててワロタ。インド英語、話すの楽だわ〜。

その後、道端剃り込みのアニキとも昼間に再会。

11日目 7/27(土)

朝からBNU銀行へ、到着2日目に申しこんだ銀行口座がようやlく開設されたので、カード等を受け取り、ATMの使いかたPINコードの変更を。ここでも全てテトゥン語で、海外のATM使い慣れてない同期らに、事細かに説明してあげたけど、ちょっとやりすぎたかな?

ATMの使い方を写真付きで説明。

午後は、JICA調整員さんの家に招かれホームパーティー。

ピースフルな雰囲気の中、プールサイドでアフタヌーンティーしたり、手作りの料理をいただいたりと、非常にピースフルな1日でした。

アフタヌーンティーでビール飲んでた不届き者は私

12日目 7/28(日)

東ティモールの海へ。キリスト像のあるクリスト・レイの砂浜が綺麗なので、スノーケリングに。

海に入る同期。若者は海が似合うね。

こちらで購入($35)したゴーグル、スノーケル、フィンのセットで潜って、魚を見たり貝を拾ったり。あまり大きい魚はいないけど、ぷかぷか浮いてるのはリラックスできます。

浜辺で歌ってたKolegaたちと

先輩隊員が買ってきてくれた、お弁当(Nasi Kotak)を食べて、ビーチのゴミ拾って帰りました。

こんな見た目だけど、美味いから、マジで。
路上のココナッツジュース($1)美味。楽しい。

2週目も盛りだくさんの週でした。

テトゥン語・・・通じる、通じるぞ!俺のテトゥン語!(シャアの「見えるぞ!私にも敵が見える!」の気分でした、わかる人だけわかればいいです)、二本松の訓練所卒業意向もコツコツに勉強を続けてきたので、街中出会った人とかとも全然話ができるのは自信になりました。一方で、語学学校の内容があまりにも初歩的すぎて、二本松でやってやことと対して変わらない内容で、ちょっと拍子抜け。20時間もかけて、新しく学んだことは1時間分くらいでしょうか。私の個人レッスンではなく、他のメンバーにも合わせたコースなので仕方ないところではありますが。ちょっとダルかったです。


自分、同期、先輩の職場訪問をする中で、なんとなく「政府系、官公庁なんかは職員のやる気がなく、協力隊員があれやりたい!これやりたい!という思いに答えられない感じでモヤモヤしている人が多そう。一方で、時間を有効に使うべく、NGOなどの団体で自分が持てる能力を役立ててる先輩も多かった。要は本人のやる気次第で、2年に意味が変わって来るんだろうな、と感じた。

東ティモール 1週目

ボンディア〜、いきなり頭をロッカーに強打し、病院送りというロックなスタート(ロッカーだけに。やかましいわ笑)を決めた、東ティモール生活ですがその後のアレコレを。

こいつのせいで。。。

2日目  7/18 

AM 銀行口座の開設。インド駐在経験があるので、海外で外国人が口座開設するめんどくささは織り込み済み。いきなり、銀行のカウンターに一人で座り、テトゥン語で口座開設を。ゆっくり話してくれるので、余裕でしたが、ここでも容赦なくテトゥン語で会話させられます。BNU銀行て銀行での口座開設ですが、この銀行元々はポルトガルが在外植民地のためにマカオ(元ポルトガル領)に作ったもの。ここ東ティモールも、マカオのBNU銀行の支店という位置付けです。そう、東ティモールも1975年まではポルトガルだったんです。とりあえず、午前中は申し込みだけで終わり。

お昼はJICAの調整員さん(我々の世話焼き係)らと合流しフードコートへ。待ちに待ったローカル飯。

豚肉、テンペ、空芯菜、アイマナス(唐辛子)
そして、絶対ライセンスとってないドラえもん 笑

PM 日本大使館へ表敬訪問に。日本人が少ないこの国のいいところは大使も非常に近い存在で、JOCVの個別メンバーのこともご存知だったりするとのこと。是非、大使館メンバーとも知り合いになっていきたいと思いました。

夜は待望のバクソを。しかしフードコート夜は6時で閉まるって早すぎちゃう?

ゆで卵と肉団子の入った麺。これがBAKSO(バクソ)。

3日目 7/19

AM ドミには地方から出てきた先輩らも止まってたりするんですが、先輩らが早朝からどっかに行ったなーと思ったら、パンをたくさん買って帰ってきた。東ティモールは元ポルトガル領ってこともあって、パン(ここではパウン)が美味しく安いんです。

このパン、なんだと思う?

もともと日本語のパンも鎖国時代に入ってきた外来語で、同じポルトガルからなので、にてますね。パンとパウン。(英語だとブレッド)

まさかの焼きそばパン!

PM これからの活動についてや、住む家についての説明あり。どうやら、活動先のNGOの中に住むみたい。あと、来週、先輩らの活動先や自分が住み家を見学に行くように言われるがアポをとる電話を自分でかける(当然テトゥン語で)よう言われみんな戦々恐々。NTC退所語もしっかりテトゥン語勉強しておかないと大変ですね。(という私は活動が実は英語)


4日目 7/20

AM 朝から路上のパン屋さんに連れてってもらう。パンとかピサンゴレン(バナナ揚げたの)が一個$0.1(あ、東ティモールの通貨はアメリカドルです)、安い!!

路上にポリバケツで売ってるパンが美味い!安い!

先輩隊員からメインの交通機関、ミクロレット(またはベモ)と呼ばれるハイエースサイズの狭いミニバスの乗り方を教わる。これで来週1週間、DIT(ディリ工科大学)のテトゥン語コースに通うのです。

乗り降り自由のミクロレット(別名ベモ)。$0.25/人。

ついでに古着市場やタイス市場、フルーツマーケットなんかを案内してもらう。(タイス=東ティモールの名産の織物)

古着市場。ユニクロとかラルフなんかもたまに紛れてる。
フルーツ以外もあるよ。
悪ノリしてタイスのピアスを試した。
売り子のおばちゃんら大爆笑してた。

PM お昼は市内のレストラン貸切で、JOCV新隊員(俺らや)の歓迎会。先輩隊員らが用意してくれた出し物とかのレベルが高すぎて、次は俺らがやると考えると、恐ろしい(笑)

二次会は場所をドミに移して、お菓子とか食べながら、ダラダラ。JICA所長も来てた(笑)。

お昼にティモール料理屋スナック菓子(キャッサバチップス!)をたくさん食べたから、軽めでいいやと思ってたら、隣のティモプラで、夜市やってるじゃん!

結構、人は多い。外国人もいるけど、ティモール人多い。

元気な同期らと(一部の同期は疲れからか腹痛で死んでた)繰り出し、先輩隊員にタピオカおねだりしたりしてた。

$3くらい。味も普通。
何気にこのカトゥパって、ココナッツミルクで炊いた米が美味しかった。

5日目 7/21

家の下見に行く同期や買い出しに行く同期など様々。お昼に国一番のホテル、ホテルティモールに集合し、噂のランチビュッフェへ。

ちゃんとしたホテルビュッフェ!
生野菜も安全!

おぉぉー、こんなにちゃんとした飯が出てくるとは!パウンは相変わらず、激美味。PAULとかと変わらないレベル。酪農が盛んではない東ティモールなので、バターはポルトガルから直輸入。

デザート、コーヒー入れると一人$17程度かかったけど、価値ある値段。東ティモールでは珍しくクレジットカード(VISAのみ)が使えた。

そして、ベモ(ミニバス)に乗り、目指すはクリスト・レイ。海が死ぬほど綺麗で世界三番めに大きいキリスト像があります。

世界三番目の大きさのキリスト像
クリスト・レイから見た海。最高に綺麗ですね。
右側の海でスノーケリングしたりします。

暑い中、頂上まで登ると、座っておしゃべりしてるティモール人らが一斉にこっちをみたので、テトゥン語で挨拶すると、止まらない質問。とにかく、テトゥン語わかるとすぐに、色々話したがるのがティモール人。

髪型同じだね!と地元の子供と盛り上がった。

頭を打った以外は、何も困ることなく、スムーズに滑り出した1週目。これも二本松の訓練所と同じで、「語学」と「体調」に関して問題がなかったからじゃないかなと思います。ま、あとはインドに3年駐在したことや海外76カ国言ってる経験もあるので、日本以外で生活することに慣れてるってことが大きいのかな、と。できる限り同期メンバーをサポートしていきたいと思った1週目でした(いきなり病院いったお前がいうな)

東ティモール 到着!いきなり、病院!

ボタルディ~!(テトゥン語でこんにちわ)

7/17 経由地のデンパサール(インドネシア・バリ島)で一泊し、朝の便でいよいよ東ティモールへ出発です。

成田からデンパサールは、インドネシアのJALこと(笑)、ナショナルフラッグシップキャリアのガルーダ航空だったので、預入荷物も45kgまで無料でした。

しかし、デンパサールから東ティモールの首都ディリまでは、LCC(格安航空会社)しか飛んでおらず、我々のためにJICAが手配してくれた、CitiLink航空も同様。預入荷物は20kgまでの制限があり、超過分は支払いが必要になります。

みんな2年間の生活に備えてどっさり荷物を持ってきているので、超過料金支払い必要ですが、不便なことにクレジットカード、米ドルでの支払い不可!

ただえさえ額面の多いルピアですが、でかい方のリモワ1発、30kgオーバーでなんと1,800,000ルピアの支払い

カウンターに並び、一度計量してもらって、いくらの超過かを確認し、両替所へ走るという何ともめんどくさいことをしている内に時間に(結果、私はUS$150くらいをインドネシア・ルピアで支払うことに)

いよいよ搭乗。

高級アイス食いながら余裕の搭乗 笑

LCCらしく3席通路3席のナローボディ機。

広告がたくさん貼られてるのがLCCっぽ〜い。

結構空いてたのですが、同期7人全員並んで3名、通路はさんで3名、1名は後ろとなぜか密集して配置されたので、私は機内食食べたら、空いてる席へ移動し、3席使ってフルフラットで寝てました。

青いね!島だね!

青い海がつづいて、しばらくすると大きな島が見えてきて、いよいよ東ティモール。(実はこれで76か国目の外国!)。

お昼過ぎについたのですが、第一印象はからっとしてて過ごしやすそう。

到着〜。当然のようにボーディングブリッジなくてタラップで降りる、ビートルズ来日方式(て個人的に呼んでる)

さっそくJICAの調整員やNS(National Staff)の方が迎えに来てくれて、外には、先輩隊員も出迎えに来てくれてました。

76カ国目、着いたでー!

JICAの車2台(ランクル+ハイエース)に荷物を載せ、市内のJICA事務所へ。

JICAの事務所と同じ敷地内の宿泊施設でしばらく生活

10分程度で到着。荷物を下ろして、さっそくJICA事務所でNSの人らにテトゥン語で自己紹介。(同期の何人かは疲れと緊張してたなー。私は割とこういうの慣れてるし、毎日復習してたテトゥン語がまだ忘れてなかったので余裕~。)

国で唯一のショッピングモール、でも中はガラガラ。

その後、JICAからオリエンテーションでSIMカード支給があったり、先輩隊員によるドミ(JICA敷地内にドミトリーと呼ばれる宿泊施設があり、当面はそこで共同生活)の使い方や、近所の買い物場所などを教えてもらったあと、待望の夕食。

先輩隊員がワルン(インドネシア風食堂)からテイクアウトしてくれたのをみんなで食べたんですが、Gostu Loos!!!!(超おいしい)

ナシゴレン、空芯菜炒め等、タッパーに入ったひじきっぽいものは、先輩隊員お手製のテンペ入りひじき!(ひじきは日本から持参)

疲れもあるから、ということで早めにお開きになって、ドミで同期7名での共同生活が始まりました。

これで、初日は無事に終了~のはずが、、、23時ごろに事件が、、、

男子部屋にロッカーがあるんですが、そのロッカーの扉が開いているのに気づかず、しゃがんで荷物を整理していた私、立ち上がった際に思いっきり後頭部を扉に強打。

こ、こいつのせいで。。。

ご存知の通りの髪型(BOSE)なので、モロにダメージ。「いてぇぇ」と頭を押さえていると、同期から「あれ?血が出てない?」と。

ちょっと赤い。。。髪って超大事!

JICAの健康管理員(健康状態についての責任者)にSMSで連絡を入れると「今すぐそこにいくから」と即レス。24h対応してくれるクリニックに連絡を入れ、夜中なのにドクターに来てもらい診察。切れてないので縫う必要はないとの判断。たいしたことない傷でよかった。

「初日から病院デビューした人なんて聞いたことないわよ!!!」

本当に申し訳ありません。返す言葉もございません。不注意でいろんな方に迷惑をかけることに。これまで 海外76か国行って1回しかおなか壊してなかったので、東ティモールでも余裕でしょ~と慢心がありました。これが最初で最後の病院送りになるよう これから気を引き締めていきます!


逆に嬉しかったことがあって、朝のバリの空港でカウンターに並んでいる時、練習も兼ねて同期とテトゥン語話してたら、並んでたティモールに帰る、東ティモール人らが「え?」って驚いた顔して、一斉に振り返ったこと。「Komprende ka(分かる?)」って聞いたら、「Komprende komprende, diak loos(わかるわかる、とてもいい!)」ってすごくいい笑顔で言ってくれて、二本松で(出てからも)テトゥン語勉強してて良かったなーと思いました。

東京から東ティモールへ

ボタルデ!すでに東ティモールきて、2週間がすぎましたが、過去を振り返って7/3 にNTC(JICAの二本松訓練所)を卒業し7/16に成田から出国するまでの間のことです。

卒業を共にした同期の中でも一番最初の出国が東ティモールとカンボジア。卒業からわずか2週間です。国によって出国タイミングが違っており(JICAが調整してくれて、指定してくれた飛行機に乗る。チケットもJICAから支給)、最も遅い同期はインドネシアで9月!

この間短いながらも、送別会各種も含め色々とありました。


7/3  NTC卒業、涙涙のお別れの後、東京の自宅へ。

7/5  東京都豊島区役所を表敬訪問。豊島区長から直々に激励をいただく

7/10 東京都庁を表敬訪問。副都知事から激励の言葉をいただく。ここではNTCの同期に久しぶりに再会。また、駒ヶ根で訓練を受けてた西アフリカや中南米系の同期にもご対面。

7/11-13 実家で祖父(100歳!)をはじめとする親戚一同に会う

7/16 出国 (成田 → デンパサール)、デンパサール泊

7/17 デンパサール → ディリ 東ティモール到着!


この間のポイントは「語学」と「出国準備」でしょうか


語学

「語学」についてですが、”NTCを一歩出た瞬間から忘却との戦い”とはよく言ったもので、ほんとその通りだと思います。

毎日3〜5時間の授業を受け、自習を2時間+α(人によって様々ですが)していた生活。お風呂や食堂で顔を合わせば語学(私の場合は東ティモールのテトゥン語)を話せる仲間がいる生活。毎日規則正しい時間に決められた食事を取り、禁酒だった生活。これらから一変し、酒も飲み放題、遊びも寝坊も好きなだけできる生活に戻ります。

私の場合は帰京後一発目は、愛してやまない「餃子の王将」へ。

“毎日30分でいいから語学を勉強する時間を作って”と訓練所で言われましたが、最初は30分なんて少なすぎるでしょと思ったものの、実際送別会やなんやで忙しく、30分でも確保するのが難しい。毎日かなり頑張ってせっかく覚えたテトゥン語を忘れないように戦ってました。 

教科書を読み込むのが私の好きな勉強法

出国準備

出国準備ですが、私は過去に企業の駐在員として、インドに3年ちょっと住んだことがあり、新興国・途上国での生活には割と慣れているのですが、NTCの同期らと話すと海外で生活するのは初めてという人がほとんどでした。

そこで、私の経験から海外に持って行った方がいいものリストをまとめた資料を作って、展開したりしていました。

一部抜粋。他にも、家電、薬、食料、衣服等々のカテゴリに分けて作ったので興味あれば問い合わせください。

この辺は、国によっても経済状況や気候もずいぶん事情が違うし、さらに同じ国でも、首都在住と、地方の隊員ではずいぶん状況が違うので、100人いたら100通りの正解があると思いますが。

そんなこんなで、大嫌いなパッキング(年間50回以上飛行機乗って旅慣れてる方ですが、パッキングだけは死ぬほど嫌い)を出国前夜まで泣きながらやって、なんとか成田空港へ。

100L+60Lのリモワに40Lのバックパックに20Lのバックパックでスカイライナーに乗り込む

7/16 出国

2019年度1次隊の一発目と言うこともあり、何人かの同期が見送りに来てくれてました。海外に出国するのに慣れてない人もいたりするので、出国はバタつきました(保安検査通過後に、「あ、手紙を投函するの忘れてた!」とか言い出した同期がかなり長い時間戻ってこなかったのは本当に心配しました)

デンパサール到着後、ちょっと無駄な時間を。というのも、通常レーンに並んで結構長い時間イミグレ(入国審査)を待つことに。。。青年海外協力隊は公務としての渡航のため、通常の赤や青のパスポートではなく、公用旅券と呼ばれる緑色のパスポートを国からお借りしていきます。そのため、Diplomat(外交官レーン)を利用することができたのです。残念。次回、日本に帰国した際に利用しよう。

わかりづらいけど、緑色のパスポートです

デンパサールでは、翌朝の同じ便で帰国するNTC(訓練所)での語学の先生(東ティモール人)が待っててくれて、一緒に海鮮中華の店でディナーしたり、空港横のホテル(JICA手配)に宿泊しました。

バリの空港到着ロビー。この前で同期みんなで写真とったなー。

ちょっと長くなったので、76カ国目の海外となる、東ティモール上陸はまた次回に。

NTC卒業

70日の訓練を経て、JICAの二本松訓練所(NIhonmatsu Training Center、通称NTC)を7/3に卒業しました。

卒業式ライクな修了式の後に食事やお酒も出る壮行会がNTC内で実施されます。(普段はNTC内は禁酒です)

70日間158人の同期(22〜40歳)に囲まれて学び、遊んだ時間は、この歳のおっさんには刺激が多くて楽しかったです。

音楽室で、毎日15分だけ叩くことにしたドラムで息抜き。
バンドも組めたし23年ぶりのドラムは楽しかったー。

70日が苦しかった人(早くNTCを卒業したいー)、苦しいけど楽しかった人(語学とかで死んでるけど、卒業したくないー)、楽しかった人様々だなーと思ってました。

中間、最終と2回の試験があります。
試験中はこんな感じになります。
午前午後に分け、筆記・聴解・口頭と試験があり、なかなかのボリュームです。プレッシャーからかこれの前後で体調を崩す人続出

私は比較的余裕があったので、存分に70日間楽しむと同時に、人間観察って言い方が適切かわかりませんが、「他の候補生がどんな人か」、「どんなことをしているのか」をよく見てました。

NTCでの生活が辛かった人に多く見られたのが下記

  1. 体調が悪い
  2. 人間関係で揉めている
  3. 語学についていけない

まず、1.の体調について書いてみたいと思います。

NTCでは「寒さ」、「食事」、「集団生活」が原因で体調を崩す人が多いのかな、と。

まず、「寒さ」ですが、東北は福島・二本松。さらに駅から車で30分行った岳温泉(だけおんせん)。さらに、その岳温泉から徒歩で30分ほど山を登ったところにNTCはあります。

NTCからの景色。下界は遥か彼方。。。

山の上なのででかなり寒い(私は4月末からだったのですが、夜間は5度を下回る気温になることが何回かあり、施設内の暖房も22:30でおしまい。寝袋が支給されて、寝袋にくるまって生活している人も何度か見かけました。

「食事」ですが、基本的に朝、昼、晩と決まった時間に全員同じメニューです(アレルギー対応はしてもらえます)。無料ですが、寝坊や体調不良で食べないということはできません。必ず、朝は7:10〜8:00、昼は11:35〜12:50、夜は18:00〜18:50の間に食べ始めて、食べ終わる必要があります。

週に一回の楽しみ。鯖塩焼きの朝食。毎朝、サラダにクレイジーソルトかけてたので、一生分のクレイジーソルトを食べた気がする。。。

また、食事の味付けは私は、ほとんどのメニューを美味しく食べられましたが、「味付けがしょっぱい」「女子には量が多い」「油が多い」という不満も聞いたことがあります。なお、土曜の夜、日曜の朝、昼、夜は選択制で、水曜朝までに食事不要な旨を伝えておけば、食べなくても大丈夫です。(飲み会や外出する人も多いから、このような措置と理解)

ご当地福島ソースカツ丼。70日の訓練中2回出ました。
ボリュームすごい!

「集団生活」、部屋は4.5〜6畳くらいの広さの個室です。トイレやお風呂、冷蔵庫などは共同。我々の場合は同期158人が11の生活班というグループに分けられ、同じ生活班の人らで部屋が固まって生活します。私の4班は、14人で国も職種も年齢も出身地もバラバラ。変な人は(私も含め)たくさんいましたが、あまりめんどくさいことを言う人がいなかったのでとても快適に過ごせました。

クラシカルな男性用洗面所

ただ、壁や天井がめちゃくちゃ薄いので、割と生活音が聞こえます。これまで「実家暮らし」だった人とかは、見知らぬ人らが近くに住んでる環境はなかなかのストレスに感じるのではないでしょうか。(私は最年長でもあり、実家を出てからの人生の方が長く、よくカプセルホテルなどにも泊まってるので、そこそこ慣れてるので、問題なかったのですが。)

生活班の仲間は何かと行動を一緒にすることが多いので、ノリの合わない人がいた場合はストレスで大変だったのではないかと思います。実際人間関係のトラブルで、口論していたり、泣いているケースを何回か見かけました。

もう少し生活班について説明すると、私がいた4班は入り口から一番遠い場所に部屋がありました。男女関係なくあいうえお順に部屋が割り当てられるので、私の隣はラオスと中国派遣予定の女性でした。

14名の内訳は

女性8名(ウガンダ、ルワンダ、タンザニア、モルディブ、ケニア、モンゴル、ラオス、中国)

男性6名(ヨルダン、ガーナ、セルビア、ミャンマー、ザンビア、東ティモール)という感じです。

うちの班のみんなが行く国の国旗を印刷してくれた素敵な同期。一番手前の東ティモール国旗は私のMacに貼り付けてあります。すごく東ティモール人から「国旗すげぇいいね!」って言われる!

年齢でいうと、20代が8名(その内2名が新卒)、30代が5名、40代が1名(俺や!)。若めですが割とバランスが取れていたのではないかと思います。

各生活班ごとに、訓練所(NTC)のスタッフが1人班の担当として色々な相談や事務連絡などをやってくれるのですが、その人との相性もあるかもしれませんね。我々の班は相当いい人だったので、何かと助けてもらいました。

人間関係と語学についてはまた別の機会に

派遣前訓練(二本松)

ご無沙汰してます。桜も満開の4/25に、158名の候補生の一人として二本松にある、NTC(二本松訓練センター)にやってきました。

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NTC(二本松トレーニングセンター)の桜が我々訓練生をお出迎え。
私は事前発送せず、リモワ100L(4輪)と60L(2輪)の2個手持ちで向かいました。なかなかしんどい。

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二本松駅では候補生が大量に。改札出るのに並んでると思ったら、精算の列。Suicaならサクッと並ばなくてよかったのに並んでしまう罠。

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二本松駅からNTCまでは30分くらい臨時バスに乗って。3便くらい出ました。

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バスは500円。事前に買います。自腹です。

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NTCに着いたー。ここから地獄の階段荷物運びが。。。

ここでは、職種(私の場合はマーケティング)や、派遣国(私の場合は東ティモール)に関係なく、14名程度の生活班と呼ばれるグループに分けられ、同じエリアの部屋(居室という言い方をします)を与えられます。生活空間が同じため、一緒に休みに出かけたり、自由時間にスポーツをしたり、朝昼夜のご飯を一緒に食べたりする中で非常に仲良くなります。

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何かと集まりがちな談話室と呼ばれる、畳の部屋が班の生活エリアに2箇所あります。

私の場合は、4班に配属になり、男性6名、女性8名。派遣国はちょうどバラバラに。

女性:ウガンダ、ルワンダ、タンザニア、モルディブ、ケニア、モンゴル、ラオス、中国

男性:ヨルダン、ガーナ、セルビア、ミャンマー、ザンビア、東ティモール(私)

といったメンツ。職種も、小学校教育、理科・体育・日本語・環境教育などの教育系や、防災、PC技術といった職種も。

また、現役の小学校の先生や警察官、地方公務員がいたり、東京の会社にいた時には出会わない人らと毎日顔をあわせるのが楽しくて仕方ないです。

新卒の22歳から、私みたいな40歳までが、一つ屋根の下で生活し、フラットな立場で、馬鹿話をしたり、飯食べたり、スポーツしたり(フットサル定期的にやってます、楽しい)できるのが、協力隊の醍醐味のひとつかな、とも思います。(飲み会もありました。NTC内の飲酒厳禁、即退所になるので、酒は外でしか飲めませんが)

てな訳で、毎日語学勉強したり、生活班の仲間とわちゃわちゃするのが、忙しすぎてブログ放置して、申し訳ないです。

7/3のNTC卒業まで無事に楽しく過ごします。

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長い廊下を抜けると、、、東ティモールか!?

ではでは。

東ティモール隊員に聞いてみた(その1)

ボンディア〜!

2018年1次隊で東ティモールに派遣されている現役の青年海外協力隊員の川口さん(この川口さんのブログはティモール隊員は必見←デング熱で緊急搬送されたりと、大変さが伝わります)さんが一時帰国しており、「こんなチャンスはない!是非!」ということで、私が愛してやまない「餃子の王将」をエサに川口さんを池袋に呼び出して(申し訳ないです)会ってきました。

日本国外のみなさん、飯テロでさーせん。

我々の他に、川口さんが呼んでくれて、帰国済みの2016年3次隊Kさん(体育)、Tさん(コミュニティ開発)の2名の東ティモール経験者に、これから東ティモールに向かう、2019年1次隊の私と私の同期のNさん(公衆衛生)、それにさらにその次の隊次の2019年2次隊のKさん(体育)で計6名て。。。分かりづらいですね。

昨晩のスタメンはこんな感じ

名前性別状態隊次職種任地
Tさん女性帰国済み2016-3体育アイレウ
Kさん女性コミュ開バウカウ
川口さん男性現役2018-1観光ベニラレ
もりんが(私)男性これから2019-1マーケティングディリ
Nさん女性公衆衛生
Kさん男性2019-2体育

職種や、任地、性別などうまくばらけてて、色々貴重な話が聞けました。参加できなかった2019-1次隊の同期からも預かっている質問がるので、早速質問タイムです。


 質問1 「テトゥン語で通じますか?」

「コミュニケーションが不安です。多言語国家ですが、テトゥン語でほぼ通じるのですか?」

同期のNさんからの質問ですが、Tさん、Kさん、川口さんみなさん「テトゥン語しか通じない」との回答。

実は2018年1次隊から訓練言語がテトゥン語になったそうですが、それ以前のTさんやYさんの時代は「要請に応じて、訓練言語が、「英語・ポルトガル語・インドネシア語」から決められたそう。つまり、同じ隊次の同期でも、訓練言語が違っていた、と。ちょっと驚きですね。今も、インドネシア語は通じる人も結構いる、けど、やはりテトゥン語が一番通じるそうです。私はポルトガル語を勉強したかったのですが、残念ながら、ほとんど話せる人がいないそう。


 質問2 「家はどう決まりますか?」

「ホームステイと普通の家を借りるパターンの2種類あるけど、ホームステイしている隊員はなんだかんだで、引っ越しして普通の家に住んでいるパターンが多いかなー。」とのこと(理由があれば引っ越せるそうです)。

「首都隊員はメンバーが多いので週末ごとに集まって飲んだりもしますが、地方隊員は場所によっては集まるのも一苦労だったりすることがありますね。」「地方隊員のxxxさんの家が、とても趣のある東ティモールっぽい家なので、私は大好きでよく泊まりに行きます」と川口さんが言っていました。

red bus on road

Yさんのいるベニラレなどへ国内線の飛行機(数名乗りだそうです!)も飛んでいるらしく「飛行機で行きますよ!」って言ったら「甘い!それじゃ本当の東ティモールを理解できない!」と厳しいお言葉が(笑)


 質問3 「任国についてからのスケジュールを教えてください」

「成田から出国しデンパサール(バリ島)へ。バリ島で一泊」

「翌日、バリ島から東ティモールの首都のディリへ」

「最初の2週間は、ディリのドミトリーで共同生活をしながら、JICA事務所、配属先、関係各所への挨拶や、東ティモールのことを1週間学びつつ、それとは別にまた1週間(5日間)語学学校でテトゥン語の勉強(テトゥン語でテトゥン語の授業を受けるので、やはり訓練所で、キチンと勉強できてないときついそうです)。」

「その後、それぞれの任地へ」

ちなみに、ディリからTさんがいたバウカウまでは、バスで2時間くらいと聞いてたが、実際は4〜6時間くらいかかることが普通で「えー、騙されたー!」と最初は思ったが慣れたそうです(笑)。道路工事のやり方が、マズいらしく、日本みたく「一部だけやって、次に行って」方式ではなく、「全面一気に掘り返す」ので、道がなくなり時間がかかるようになったそうです。残念。

traffic red blue sign

 質問4 「国外へ出る権利ってどうなってるの?」

協力隊員は緑色の公用パスポートをお借りしていくので、渡航先に制限があります。また、国外に出るのにもJICAの所長の許可が必要。そんな条件をクリアして、年間20日出ることができる、とは聞いてましたが…

「その通り。行ける国がインドネシア、シンガポール、マレーシア、タイ、フィリピン、パプアニューギニア(以下、PNG)、そして日本」、「日本への一時帰国などでどこか経由する際も必ずこれらの国の範囲内で行かなければならない」なるほど…流石に国から派遣されている身分だけあって、厳しいですね。「PNGは行くだけで3日かかるし、PNG側のJICA所長の受け入れ許可も必要なので過去に行った人はいないんじゃないかな」との気になる話も…

うーん、なんとか2年の間にPNGは行ってみたいぞ!

clouds daylight environment forest

ちなみに身内の不幸などで帰国する場合も20日から差し引かれるそうです。もし、20日を使い切っていてしまって、20日+α休むことになったら、その頭が飛び出た分のα日分の手当が日割りで減らされちゃうそうです。当たり前といえば当たり前ですが、きびしー。


 質問5 「ATMはある?」

あちらについたら、現地の銀行口座を開設してキャッシュカードも作るそう。もちろんATMも…

「あります。でも、途上国あるあるで【ATM内にお金が入っていない】とかもよくある」そうです。通貨は米ドルですが、1ドルは1ドル札ではなく、東ティモールの硬貨が流通しているそう。

person holding dollars

そして「10ドル札とかだとお釣りがないから受け取れないと言われることもよくある。50ドルや100ドル札は極力持ってこない方がいいです」との意見も。「ATMにキャシュカード吸い込まれちゃう人もいたよねー」と。わははー(涙)。

ちなみに、VISAなどの国際クレジットカードが使える場所は首都の高級ホテルなど、超限られた場所だけだそう。日本ではクレカ払いしかしてないノーキャッシュな私は、180度違った生活になりそう。楽しみ。


ちょっと長くなったので、続きは別のページで。

東ティモール隊員に聞いてみた(その2)

東ティモール隊員に聞いてみた(その2)

ボンディア〜!

2018年1次隊で東ティモールに派遣されている現役の青年海外協力隊員の川口さん(https://a-vida-esta-a-viver.hatenablog.com/ ←デング熱で緊急搬送されたりと、大変さが伝わります)さんを、私が愛してやまない「餃子の王将」をエサに釣り上げた時の話の続きです。(雑なまとめ方 笑)

その1の話はこちら


 質問6 「日本から持っていくべきものは?」

これは、私も含めて、2019年1次隊の同期からも多かった質問。


ドラッグストアで買える系がやはり多いですね。

  • 「日焼け止め」やはり、日差しが強く、野外活動も多くなるので、日焼けの機会が多いです。基本的に輸入に頼ってる国なので、現地で日焼け止め買うにも、高いはず。できる限り日本の高品質のものを買っていきたいですね。
  • 「虫除け」想像できると思いますが、蚊がいます。そして、蚊にさされるとデング等の重大な病気になります。虫除けスプレー(ガスなしタイプが飛行機の持ち込みで揉めないのでオススメ)や、虫がいなくなるスプレーを持っていくといいそうです。あちらでも売ってますが、日本のは効き目が違うそうです。(ちなみに私はインド時代は45度とかの気温でも、基本的に長袖長ズボンでした。蚊に刺されたくないので。)
  • 「コンタクトの洗浄液」私はレーシック済みなので、不要ですが、これも現地で変えても高いでしょうから、なるべく持参したほうが良さそうですね。
  • 「整腸剤」これもインド3年間で腹壊さなかた私には不要かも。やはり、お腹の調子が悪くなることはあるそうです。傷んだものを食べたり、油が多めの料理でやられたりするみたいですね。ただ、正露丸なども、帰国する隊員が置いて行ってくれるので、意外にも現地で分けてもらうこともできるかも。(川口さんちに3つあるらしいぞ)
  • 「歯ブラシ」現地で帰る歯ブラシは、カバさんの歯ブラシみたいな、どでかいものらしいので、コンパクトヘッドなどがお好みなら、日本から持参したほうが良さそうですね。
  • 「湿気取り」Kさんが住んでたバウカウでは湿気がヤバくて「日本で1ヶ月とかもつ押入れの湿気取りみたいなのが、1日で満タンに」という異常事態に。私も昔インドのムンバイに住んでたので、この気持ちすごくよくわかります。朝黒かった靴が帰ってくると、カビ生えて白くなってるなんてことがありました。革製品は全てやられるので、財布を革からビニールにしました。今回も、東ティモールに行く前にビニールの財布にしないと。ちなみに、首都のディリはそこまで湿気がひどいわけじゃないそうです。
  • 「ダニ取りシート」こちらもKさん。ダニで痒くて寝られないなんてことを避けるためにも、マットレスに敷くタイプを持っていくといいのかもしれません。

ドラッグストア系以外でいうと

  • 「靴」道が悪くて、未舗装のところも多いので、すぐに靴がダメになります。現地で帰る靴は質が悪いので、靴はたくさん持っていくほうがいいそうです。この場合スニーカーとかを意味してます。ビーチサンダルは向こうでも帰るそうです。道が悪いことで聞いた話ですが、私が住んでたインドもそうですが、新興国ではよく道に穴があいてます。特に夜道は気をつけないと穴にはまります。最近のスマホはライトがついているので、夜道は照らしながら歩いたほうが良さそうです。(実際、夜道で穴に落ちて、大怪我を負って任期途中で帰国した人が最近いたそうです。
  • 「ワンピース」漫画じゃなくて、女性の服の方です。東ティモール人(一般的に日本人より体型が小さい)との体型の差で、向こうでワンピース買うとミニスカ状態になるそう。ユニクロとかでいいので、大使館やJICA事務所などのイベントごとで着れるような小ぎれいなワンピースを持っていくことをお勧めしますとKさんが。逆に男性は、どこでもスーツでOKだそう。
  • 「モバイルバッテリー」停電がよく起きる国なので、スマホの充電切れで何もできなくなります。現地でもモバイルバッテリーを買うことはできますが、やはり輸入品なので高いし質が悪いと思います。日本で売ってるのも、中国からの輸入品ですが、市場の競争が激しいので質と値段は相当バランスがとれてきているかと。
  • 「タオル」日本のいわゆる粗品としてもらうようなタオルが手に入らない。現地のタオルはもっとフッカフカのラグジュアリーなタオルだそうです。なので、粗品系のタオルはたくさんあるといいそうです。手ぬぐいとかもアリですね。
    食べ物系はやっぱり国外で生活するときになりますよね。私もインド時代は日本食に植えてました。インドカレーも好きでしたが。
  • 「ほんだし」わかります。お湯に溶かすだけで、はい、日本の味。これがあれば、どんな食材でもなんでも和食に。
  • 「ゆかり」いやー、これすごくわかります。米がある国だと、このゆかりをかけるだけで、めちゃくちゃ美味しくなります。インドでも社食のインドカレーの米(全然ベトベトしてない、長粒種のバスマティ米)に、ゆかりかけて、もりもり食べてました。

現地でどうしても手にはいらないものが、欲しい時は

  1. 誰かに東ティモールに持ってきてもらう。
  2. 誰かにバリ島まで持ってきてもらって、取りに行く。
  3. 日本から航空便で送ってもらう(1万円以上の送料がかかる、船便はどっかに行ってしまって届かないのでNG。Kさんの荷物はポルトガルへ届いたそうです。なんでだよ!)
  4. 国外に買いに行く(タイやシンガポール、ジャカルタには日本のスーパーがあって、日本のものが普通に変えます、高いけど)

と行ったとこでしょうかね。

これはまだ他にもありそうなので、情報が出てきたら追記していきますね。

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