語学について 2

前回、語学について 1を書きましたが、その続きです。

繰り返しですが、JICAの二本松訓練所にいる、突き抜けた語学のプロ(ウルドゥー語の7万円もする辞書を買ったあの方とか、アラビア語が好きすぎて120万円する講座に自腹で通ったあの方とか)とは違って、語学を中途半端にやってる人の意見ですので、語学の素人が始めるためのヒントになればいいなと思います。


私の中途半端な語学を支えるのが

例文暗記 x 単語量 x 場数 = 語学力

の考え方です。

例文暗記については、前回の記事で、教科書のチャプターごとの例文を声に出して読むことで、覚えると書きました。

今回はそれ以上に大事な単語量です。

二本松訓練所で使ってたテトゥン語の単語帳。正直コレ作る暇あったら1個でも多く覚えればよかった、単語帳は不要な気がするけど、テトゥン語教科書がデカすぎて持ち歩き不便だったので。

これはもうひたすら覚えるしかない。素人レベルの語学力では、単語量=語学力といえると思います。

例えば、道で

I would like to go to the station to buy a train ticket. ( 切符を買うために駅にいきたい)

と早口で言われたとします。(文法的に合ってるか?)

この文そのものを聞き取れなくても「Go(行く)」、「Station(駅)」、「Buy(買う)」、「Train(電車)」や「Ticket(切符)」これらの単語のうち1、2個聞き取れれば「駅、切符・・・買いに行きたいんだろうな」とか想像できると思います(バックパック旅行とかでのサバイバイルレベル)。

さらに「行く」「駅」「電車」「切符」とかまで聞き取れてれば、いくつか聞き取れてない・知らない単語があっても逆に「Want to buy the ticket? Go to Station?(切符買いたい?駅に行く?)」と確認することができて、コミュニケーションとしてはほぼ成立するんじゃないでしょうか。

言語にもよりますが、単語量と語学力(色々な意味があるが、ここではその言語を使って日常のコミュニケーションする能力)はほぼ比例していると思うので、どんどん単語を覚えましょう。


覚え方は人それぞれですが、私のコツは「覚えた単語を無理やりでもすぐに使う」です。

70日間がっつりテトゥン語を勉強した、二本松訓練所では私は覚えた単語をすぐに使うようにしていました、残念ながら話者が同じ東ティモール隊員(自分入れて7名)と先生(日本人、東ティモール人各1名)、JICAスタッフ(元東ティモール隊員1名)しかいませんでしたので、他の国の同期らにも「テトゥン語でいうと”Hakarak Hariis fatin(トイレ行きたい)”だわ」とか言ってました。

これをすることで同じテトゥン語話者なら「え?そうそう、んで、書くがHakerekね。まぎらわしいよねー」とか「インドネシア語だと “Mau ke Kamar kecil”だわ。隣の国なのに似てねぇ〜」とか話ができて記憶の定着につながります。また、間違ってたらそこで指摘してもらえる。

あと、曖昧な記憶なら、自分で言う時「あれ?Hakarak であってたっけ?Hakerekだっけ?」となってということに気付きます。

もちろんその国に住んでいるなら、覚えた単語をより簡単に使えるでしょう。


また、「Hakarak(=want)」「Hakerek(=write)」みたいに似てる単語が、テトゥン語は多かったので、にててまぎらわしい単語は「くそ!また似たような単語か!」と怒りながらメモってます。

テトゥン語「H」から始まる単語が基本単語でも多すぎて
「いくつあるんだよ!」と怒りながらまとめてたけど、最後は「おぉ10個超えた〜」とか楽しくなって来た

家の中にポストイットで貼っておくのもオススメです。たまに見かけて「Selamata Tinggal。。。」とか独り言で言うことで、少しでも記憶を残すことができるかなと。

うちの玄関ドアには「ドア」と「行ってらっしゃい」「行って来ます」が
インドネシア語とかポルトガル語とかで書かれてます。

あとは、ひたすらボールペンで書き殴ったりして覚えてますね。ただ、使わない単語はどんどん忘れていくのは仕方ないところなので、たまに単語帳開いて「あー、あったねー、こんな単語〜」と思い出して、また無理やり誰かとの会話で使って頭の片隅に記憶をこすりつけおきます。


と言うことで、単語量を増やしましょう。

あ、ちなみにリング式の単語カードを使うのは私はオススメしません。時間だけかかって、あれ作って勉強した気になるし、わからない単語を調べるのにも時間がかかるので、持ち運びしやすいサイズのノート(私はB5の薄いノート)に単語書いて折って隠すことで対応してました。

人それぞれですが、時間と効果を天秤にかけ、よく考えましょう。


では、また気が向いたら続きを書きます。

質問とかフィードバックとかもらえると、より意味のある情報発信に繋がらのでありがたいです。

東ティモール 27週目

イベント盛りだくさんだった週


182日目 1/13(月)

朝、事務所のキーボードから蟻がわらわらと出てくる大惨事。

週末におきっぱなしにしたせいで!貴重な歌舞伎揚がぁぁ!!

JICAのNS(National Staff)からTEL。近々、JICAがうちの事務所に来て打ち合わせするとは聞いてたけど、「明日の10時にアポとれました」と。急だな〜。

今後の活動についてざっくりした案は頭の中にあったけど、あわてて計画表のフォーマットにまとめ上げる。(でも、「これやらないんだろうなー」とは思いつつ)

事務所の代表にもJICAから連絡入ったらしく「明日10時に打ちあわせあるから。忘れるなよ〜。」と言われる。(フラグ立った。。。)

中国の朝の定番、。蒙牛ブランドの酸乳(ヨーグルト)
この棗味が本当に美味しい。ここでも買えて幸せ。

183日目 1/14(火)

8時からうちの事務所は営業しているのですが、8時にはおらず、9時になっても代表は来ず。。。10時にJICAスタッフが来るも、代表がいないじゃないか。。。TELで呼び出し30分遅れで参加。会議内容は…あんまり前進しなかったねぇ。

土砂降りの中、久しぶりにネクタイしめたね。ダイソーで買った100円だけど。
靴はフェイクレザーの防水仕様で正解。革靴カビ生えるし。

夜は東ティモールと日本の協力関係が20年を記念したレセプション(=大使館主催などの公的なパーティー)へ。

大家の軽トラで送迎してもらって来た隊員に爆笑してしまった。

外務省から政務官やキャリア官僚が来てたり、偉い人にMr.の代わりに着ける敬称「His excellency 」を使ったあいさつ久々に聞いたりと、普段の協力隊隊員の生活とはちがった雰囲気を味わいました。

(レセプション自体はジョージアまで遠路はるばる参加しに行ったことがあるので2年ぶり2回目の出場。今回は公邸料理人がいないので飯は普通のティモール&洋風ごはんだったのが残念)

ティモールの人らはサンダルなので、雨でも平気。俺も普段サンダルだけど。

先輩の体育隊員に企画書の書きたいんだけど手伝ってほしいと言われる。頼られるってうれしい〜、仕事があるってうれしい〜。

帰りはレンタカーのバス(大きいハイエース)で送ってもらったんだけど、そのシートにダニがいて、ガッツリ腕食われて、かゆい〜悔しい〜。


184日目 1/15(水)

去年、モリンガをインドネシアに持って行ってラボテストして、栄養価を調べてもらったんだけど、それの栄養情報をラベルとして商品に貼るべきと言われ、栄養価についてのラベルを作る。

栄養価とか考えない生活をして来たので苦労した。英語ではカリウム→ポタジウムとか知らないよね。

人参の葉を欲しがってた統治在住の日本人の方に連絡

人参の葉。天ぷらにすると美味しいらしい。
残念ながら、人参自体はうまくできてなかった。

185日目 1/16(木) 

「東ティモールの国造りへの課題〜ガバナンス指標を始めとする各種指標と2020年予算案から考える〜」

JICAというテーマでJICA所長主催の勉強会。

ASEAN(東ティモールは加入したい)諸国に比べてもいまいちな現状や、この国の開発が上手くいっていないこと、がよくわかった。

なんていうのか、「どうせ買うなら、いいもの買った方がいいですよー」なんて、舗装路もない国でフェラーリ買わされた感じかな?

モーリシャスで買って来たインスタント麺食べた。インドネシア製のよりもセンスがあるような気がするのは仏領だから?

186日目 1/17(金)

「京都人の私が東京に住んでた人に渡すのもなんですが…」と同期がくれた。ワロタ。確かに。

先輩らの中間報告&最終報告会。特に若い世代がやったプレに感銘をうけた。

自分には出来ないスタイルのプレで勉強になったなー。You Tuber型とでもいうのでしょうか。いやー、若さとセンスなのか。

あと、プレは場数だね。会社とかでのプレの経験がない人ら、現役の訓練生らはぜひ、自主講座を訓練所にいる間にやって、プレの経験をしておくといいと思うよ。

ドミ(隊員が使う共同宿泊施設)の掃除をして、久しぶりにインド人がやってるワルンへ。

チェンナイ出身の店長とはインドつながりで仲良し。

あの美味しいナシゴレンを食べたかったんだけど、夜限定らしく残念。

とはいえ、アヤムバカールモこれはこれで美味い

夜は韓国料理で送別会。まぁ、いろんな人がいるから、いろんな考え方があるよね。

韓国料理行く途中の謎の像。ちなみにヒルトンホテル(いつ完成するの?)の目の前

187日目 1/18(土)

昨日送別した先輩隊員が「俺、ハイネケンの工場見学に行きてぇ」とのことで、JICA専門家に車を出してもらって、ハイネケンへ。

ハイネケン・ティモール、守衛から「入るな!」と言われ、道を挟んでの写真。

そう、あのチャンピオンズ・リーグで有名なオランダの緑のビール、ハイネケンが工場を建て、ビンタンなどのビールを国産してます(お米や水ですらまだまともに国産で来ていないのに、何故か立派なビール工場が) ちなみにビールについてはこちらのページにまとめてます → 東ティモールのビール

工場見学させてくださいって来たけど、そりゃ休みにアポ無しじゃ無理だよね。(ちなみに事前にアポ取りのコンタクトをしたものの返事無し)

ふおー、地方の景色は最高!

ディリの郊外にあるワンダラービーチへ。前回は帰りヒッチハイクだったりしたけど、今回はJICA専門家に車を出してもらったので、便利〜。

綺麗な海に、おっさん2人。
おっさんずなんちゃら、ではない。

いやー、前回よりも海は綺麗かも!と思ったら。。。

ん?
あれあれ?

なんか、洗濯物干されてるし、テント貼って住んでる人ら(ざっと見て15人以上)いるし!聞けば3ヶ月住んでるとのこと(前回来た時の後から住み始めたらしい)

これ、なんとかならないものかな。。。こんな綺麗な海があるのに、公共交通機関でこれないわ、スラム化してるわ。残念すぎる。。。

さらに東へ行くと、ビーチじゃなくて、磯になる。波も荒そう。

東にある隣の県、マナトゥトゥを目指す。道中絶景が続くんだけど、撮影スポットになってるちょっと開けた土地が会って「日本人?コトミ知ってる?」と先輩隊員の友人家族から話しかけられた。世間って狭ぇ〜。

iPhone11PROでもこの景色を伝え切れないのがカメラマンの腕の問題。

ガードレールのない山道で山をいくつか超えてマナトゥトゥ県の県都マナトゥトゥ市(人口約3700人)へ。

マナトゥトゥのメインストリート。電動の中国産3輪タクシーがメインの交通手段。

県都とはいえ、流石に4000人いないだけあって、ちょっと広めの集落といった感じの街。ご飯を食べる場所も見つからず、なんとか自称レストラン(実際は食堂)で$5もする高級なナシゴレンを食べる。

でも美味しかったからヨシ

帰りにファーマーズマーケット酔って帰宅すると、もう夜でした。遊んだね。

アボカド盛り沢山。6個で$1。流石に安いね。ツナ缶と和えて岩塩とレモン汁でサンドイッチにすると最高。

188日目 1/19(日) 

納豆祭りの日

納豆巻きってこんなに美味かったっか?おいしさに震えた。

元東ティモール協力隊の隊員でこちらで、映像制作会社起業された大先輩のお宅にお邪魔して納豆づくりを学ぶ。

菌を混ぜる
自家製納豆を種菌として分けてもらう。

ついでにヨーグルトの作り方も教わる。もうまるっと1日発酵DAY。

ヨーグルトは常温で簡単にできる。乳製品の高い国でのライフハック。

帰りに前から気になってたフィリピン料理食べて

最初は手堅く、フィリピン料理と言えばアドボ。
自作納豆に向け、早速、大豆1kgを購入。$1.25安い。

この週は、専門家やNGOにいる元隊員の人と話したりする機会が多く、「東ティモールの隊員は、隊員同志で集まるよね〜」と聞くことが何度かあった。

ノーハンドで鉄骨を運ぶ、おさるの駕籠屋スタイル。前の娘なんて歩きスマホだし。

東ティモールはシニアボランティアがいないことや、狭い地続きの国土(オエクシ以外は飛行機使わなくても来れるし、モルジブみたいな島嶼国家とかPNGなんかは飛行機だし、アフリカも国によってそうだよね)で頻繁に首都に集まれること、そもそも首都に隊員がたくさんいることから隊員同士の仲がよく、隊員以外の専門家などから見ると、少し壁を感じるとのこと。(「アフリカとかでは隊員の歓送迎会にも専門家読んでもらえてたんだけどねー」と。ここ半年くらいの歓送迎会には隊員とJICA職員以外は呼んでないね。)

確かに、先日の大使館主催レセプション(立食パーティ形式でも、隊員同士で固まってて、あまり専門家やNGOの人らと話してる隊員も少ないように思えた。

床屋入り口にある、バイクのヘルメット置き場。ナイスなDIY

新卒で来た若い隊員が多かったりするので、何カ国も渡り歩いて来た経験豊富な専門家の方らやNGOの人らは、年も離れてて、ちょっと遠い存在に見えるのが理由なのかも。

一方で、私はもう40歳。専門家やNGOの人らよりも歳上の場合もあるし(だからなんだって話で、新卒だろうと四十路のおっさんだろうと、隊員は隊員)、自分が知らない業界の話をその道のプロから聞くのが好きなのでで、専門家やNGOの人らにも特に抵抗はない。

ミロってこの1缶で176キロカロリーもあるの!?

せっかく東ティモールなんてなかなか日本人がいない国で、日本での生活では滅多に合わない人らと会う機会も多いので、隊員以外の人らともどんどん仲良くしていきたいと思ってる。(日本では広義の自動車業界なので、お米の専門家や水の専門家の話を聞く機会はこれまでほとんどなかったので、何聞いても面白いんだよね。)

一方で、新卒隊員とかの20代前半の人らとフラットな立場で付き合えてるのは、非常にいい刺激をうけてるし、こちらも何聞いても面白いな。

語学について 1

突然ですが、皆さんは語学が好きですか?得意ですか?

私は語学が好きでも、得意でもないのですが、小学校高学年で習い始めた英語を始め、中途半端にいろんな語学を勉強して来ました。

今、話せる順で行くとちゃんと勉強したのが、英語、テトゥン語(検定はないもののJICA訓練所の試験は満点だったので初級編があれば合格できるはず)、中国語(中国語検定3級)、インドネシア語、スペイン語(スペイン語検定6級)。

あとロシア語は読み書きとヒンディー語(読み書きできたけど、忘れた)

挨拶とかちょっとした単語を知ってるだけであればベトナム語、アラビア語、タイ語、タガログ語等々。

毎月のように海外に飛んで、77か国も行けばそりゃいろんな言葉にも出会います

別に勉強が好きでも得意でもないのですが、高校3年の時に死ぬほど勉強して偏差値35くらいから70までーあげた経験があり、「やればできる」という変な自信と、「自分なりの勉強方法を持っている」のは大きいのかなと思います。

JICAの訓練所で70日間の合宿生活をしましたが「しんどい〜」と言っている人で多かったのが「語学がつらいです」という声。また、各国に散った今も「語学でいまだに苦労している」とはよく聞きます。(まぁ、私もオーストラリア英語でガーって話されるとえ??となってますが)

二本松の訓練所生活では朝4:30頃から毎日部屋でブツブツと読んでた。隣の部屋のラオス隊員と中国隊員ごめんね。

そこで、リクエストがあったので、皆さんに合うかどうか分かりませんが、私の勉強方法を参考までに紹介します。


私の中途半端な語学力を支えているのが

例文暗記 x 単語量 x 場数

だと思います。

例文暗記・・・どんな言語でも文法というか、決まった言い方があると思います。それらを使った例文を丸暗記します。

例えば、「私はコーヒーが飲みたい」とか「彼は日本人ではない」とか「これは新しい車です」とかの簡単な文を覚えれば、「飲む」を「食べる」に「コーヒー」を「パン」に入れ替えれば「私はパンが食べたい」とか言えるはずです。他にも「彼女は中国人ではない」とか「あれは値段が高い服です」とか言えますよね。

なので、まずは、この基本の例文を覚えていきます。

ここで大事なのはCDなどの音源を使って「正しい音(イントネーションやスピード、アクセント等々)」を知ることです。(スポーツとかでも我流でやって最初に変なクセがつくと苦労しますよね、あれを避けるためです)

その正しい音を、モノマネのように、なるべく再現すべく、現地人になり切って、口が覚えるまで声に出します。飽きるので早口で言ったり、男女の声を変えて言ったり、「俺は今市場で魚を売ってるおっさん」と自分なりの設定をして言ってみたりします。


文章はなんだかんだで、教科書のチャプター(章)毎に載ってる例文を、ひたすら読むのがいいと思います。

そして、努力が目に見えるってモチベーションの上でも大事なので、私の場合は「正」の字を書いて「ぬおー、20回も読んでるのもにまだうまく口が動かせない!なんて下手くそなんだ俺はー!」なんて一喜一憂しながらやって来ます。

語学によって難易度って全然違うので、100回読んでもうまく読めないものもありえるかもしれませんが、ひたすら努力しましょう。語学は「やればやるるほど、うまくなります」、そして「やらなければやらないほど、忘れます」。実に単純〜。


長い文章の場合は、「 / 」を入れて、意味ごとにぶった切って、息継ぎのタイミングを作ると読みやすいと思います。例えば

Saya sedang menunnggu jawaban dari Garuda.

インドネシア語で「私はガルーダ (航空)からの回答を待っているところです」という文章ですが、慣れない語学だとこの程度の単語でも初見では全然うまく読めません。(また、CDの音源が速い!)なので私の教科書には

Saya / sedang menunnggu / jawaban dari Garuda.

私 / 待ち続けている / ガルーダ からの回答

と意味ごとにぶった切って、各パートだけをスラスラ読めるようにして、最終的には1つの文をスラスラ読めるように練習していく感じです(ちなみに、この文はまだ読めない)

実際に二本松の訓練所の時に使ってた教科書。
7/10に5回読んでるけど、卒業後も自宅でちゃんと勉強継続してるな、真面目〜。

ちょっと長くなりそうなので、今回はこの辺で。反響があれば続きも書きます。

東ティモール 26週目

まだ、年末年始休暇が続き、暇な生活が数日続いて、久しぶりに仕事再開。


175日目 1/6(月)

近所にコモロ市場て市場があるんだけど、初見殺しのこの入り口

生ゴミ散乱したコンテナが置いてある、黄色矢印のところに人一人分の隙間があいていてそこから入ります

中に入るとこんな感じ。雨降ってちょっとドロドロ
この先は割とスラムっぽいローカル地区に。でも危ない感じがしないのが東ティモール。

「ティモールで一番高い中華だよ、あそこ」と聞いてたレストランへ。

Sweet & Sour(スイート&サワー)Pork=酢豚のことね。中国語だと古老肉(グーラオロウ)

その後、東ティモールで唯一(?)のホームセンターを見て

まぁ、割と面白い
誰が買うんだよ!って、 ブッダの噴水とか

バーガーキングでアイス食べて

全然、美味くない。。。

「CEGA!」て呼ばれてる、インドネシア時代に刑務所として使われてた施設を利用した博物館へ。

独立へ向かう中で命を落とした外国人ジャーナリスト(バリボ5として有名)などの写真展示、微妙。

せっかくの歴史遺産なのに、展示が全然やる気がなくて、かなりしょぼい。

1: 平日のワーキングアワーのみオープンで土日閉館(この時点で観光客を相手にしていない)、2:展示エリアと事務所エリアが分けられていない(展示ルームかなと思ってドア開けると事務所だったり、倉庫だったりする)、3:順路表示や博物館全体のマップなどもないので、どこで何を見れるか不明、といった問題が(他にも山ほどあるけど)

刑務所感のあるドア、開けっ放しですが室内はエアコンの効いたサーバールーム

これじゃ、モーリシャスみたいに、観光を産業にするのは相当難しいと思うわ。

Googleマップで見つけて気になってた、コンテナを改造したカフェ寄って帰宅

いかにも降りそうな空ですが、この頃は毎日夕方〜明け方にかけて土砂降りが続き雨季らしくなってきました。


176日目 1/7(火)(虫嫌いな人、閲覧注意)

え?起きたら、腕に歯形のような謎のあとが

ヤモリにでも噛まれたか?と思うも、噛まれたなら下の歯もあるはずだしな。ヤモリが部屋のどっかに潜んでいるのか!?と思い、シーツなんかをパタパタやってたら何か出てきた

形が一致、ちなみに痛いとか痒いとかはない。

形はムカデに似てるけど小さいこいつはヤスデ。虫好きの同期によれば「いちぶのヤスデはかぶれるよ」とのこと。多分寝てる間にこいつに腕を押し付けてたっぽい。。。

近所の高級ホテル、ホテル・ラメラウへ。

一泊$100程度でも、この国では高級なんです!もうすぐヒルトンできるけど、どうなるんだろ?
ここ韓国系の経営なので、国旗掲揚もちゃんと韓国の国旗が!

いわゆるウェスタンのご飯に加え、韓国、和食、インドネシア、タイ料理等が食べられるのが嬉しい。(とは言え、途上国では、なんか微妙な和食よりも韓国料理を選んだ方が満足できることを経験上知ってるので和食は選ばないけど)

大好きユッケジャン。久しぶりに食べた。欲を言えば塊肉を煮込んで置いて欲しかったけど、薄切り肉でも味は十分満足。

みんな大好きタピオカドリンク屋。市内に何店舗かあるが、全て経営同じで、しかも中国系の浄水器輸入業者が副業でやってることに気づいた。

本店?の奥には浄水器のショールーム
タピオカは3粒くらいダマになってるし、スポンジボブの顔ずれてるし、質は悪いが$3.5取られる。
やたら道でノートとか売ってるなーと思ったら、新学期だからか!

177日目 1/8(水) 仕事始め

とは言え、結構まだ休暇中のスタッフも多く、まだ本調子じゃない感じ。

お土産に配った歌舞伎揚。関西でぼんち揚げ。

スタッフもまばらで、教える相手も来ないので、ティモール・プラザへ。

来月のバリ・ジョグジャカルタ旅行のチケット買った

ぱっと見はいけてそうなカフェ(客ゼロ)で、マレーシア・カレーを食べ。

輸入食材店兼カフェ兼レストランだけど、どれも微妙。持ち帰りピザ屋としての需要くらい?
この量で$10取られるのもなー。あと、米ちっちゃ!と思った私は米食い東ティモール文化に染まりました。

この日は夜も外食。こちらではマサコと呼ばれる味の素が作っているチキン(またはビーフ)粉末スープを何にでも使うんだけど、その手の化学調味料を使ってません!と謳ったワルン(食堂)を発見。

味の素、マサコの写真にXしてある。
無化調のソト・アヤム(チキン・スープ)。美味いね。$2.5したけど。

178日目 1/9(木) 

オーストラリア人ボランティアが戻ってきて「山火事ヤバかった。支援のためにこれを買ったので配るね」とコアラくれた。

オーストラリアって実はそんなに好きな国でもないんだけど、この家事は心が痛い。みんなで募金しよう

ちなみに、オーストラリアの山火事(コアラやカンガルーが大量に焼け死んだ)の復興に支援したい方はこちらどーぞ。Tポイントでも寄付できるので、海外生活で使い道のないTポイント↓を是非。

https://donation.yahoo.co.jp/detail/174006/

ほぼ全員のスタッフが出社してきて、芝刈りや倉庫の掃除などをしている。

芝刈り機(があるのがすごいよね)でスッキリ

日本の大掃除とは違って、休暇明けに大掃除をするのが東ティモールのスタイル。ロジカルに考えると逆の方が利点が多いようにも思えるけど、何か理由はあるのかな?いや、なさそう。。。

手作り3輪車が倉庫から出てきたけど、こんなのあったのね。
事務所出るとよくある景色。なぜサンダルをおいて裸足で出ていくのだ。。。

179日目 1/10(金)

昼の記憶なし。

夕方散歩して、パダン料理と書いてあるワルンで食べてみる。

右は揚げた鶏、右下は卵焼き(油がめちゃくちゃ染み込んでる)、左上は野菜(キャッサバの葉?)のカレー煮

180日目 1/11(土)

ちょっと相談事に乗るために、また、例の韓国ホテルに。

古着市場を通り抜けていきます。殺人事件あったけど、相変わらず平和な雰囲気。

今日はインドネシア料理のイカン・バラド

辛い!!!美味い!!!韓国人も納得できる辛さだわ、これ。

帰りにスーパーに行きみりん(ついにこの国もみりんを売る店が!)を買って帰る

まぁ、一升で$11.5もしますけど。

バイクにこのふざけたカバーは意味あるのか?

181日目 1/12(日) 

やばい、この日一歩も家から外に出なかった。

引きこもって何してたかと言うと、、、ラップ作ってた。って、もっとやばいな。

お気に入りのヤシ砂糖。
優しい甘さにありがとう!

40歳にしてラップ作りを新しい趣味として始めた(定年後のお父さんが俳句をするのと大体同じ)ので、ずーっと家でブツブツいいながら韻を踏んでいた。

あとは松屋で有名になったジョージア料シュクメルリ作ったり
モリンガ葉入れたら、完全に見た目がアレになってしまった。。。

長い長い年末年始の休みも終わり。先月までは全然降らなかった雨も、1日のどっかのタイミングで土砂降りが降るようになり、ようやく雨季らしい天気になってきた。

でも晴れてる時はしっかり日差しがあるので洗濯物が乾くね(近所の人のです)

あと、なぜかこの週から四十路のラッパーになった。

ラップ作りを始めたのも理由があって、「論理的思考で何ができるか?なにができないか?」に興味があって「ラップってロジックで作れるのかな?」とふと思った。

そして「何でもやってから文句を言おう」が座右の銘の一つなので(協力隊にきたのもこれ)、とりあえず、ロジックでラップが作れるかをためしてるところ。

東ティモール(任国外旅行) 25週目

13日間の任国外旅行も終わり、また東ティモールへ戻ってきたー。


168日目 12/30 (月)

朝は松屋。

松屋も吉野家も徒歩圏内にある生活。楽ちん。

戻って、伊勢名物赤福も食べる。いやー、日本満喫してますなー。

赤福を箱から直食いして怒られたんだけど、そのためのヘラじゃないの、これ!?

セブンのコーヒーにちょっとプレミアなのが出たと聞いて試したかったので行くも

青いキリマンジャロブレンド。10円
高いのかな?

豆が入ってなかったとかで、うまく抽出できずやり直し。こういう時の店員さんが謝り倒すところに日本を感じるね。(東ティモールだと、エイパっ!デスクルパー!くらいじゃない?)

お出汁が出てきたかと思った

自室の片付けを継続(どんだけ散らかってんだよ)

近所の中華が居抜きで、鳥取牛骨ラーメンの香味徳に変わってた。朗報。と久しぶりにつけ麺。

近所の銭湯へ。いいねー、広い湯船。

いやー、水風呂のある銭湯、最高!

ドラッグストアで、免税爆買いして

ありがとう福太郎。ウンバウンド客のおかげでどこでも免税対応してくれるのが便利。

超久しぶりに焼肉(そんなに牛肉好きじゃないからあんまり行かない)

韓国系のおばちゃんが切り盛りしてる普通の街の焼肉屋行くの超久々。

東ティモールも牛肉多いけど、焼肉用というより煮込みようの肉が多いよね。

溢れ出るシズル感

日本最後の夜は調子に乗って、さらにコメダへ。

フルサイズのシロノワール!
東京でもコメダに行ける。しかも、歩いて。便利すぎる。。。

169日目 12/31(火)

古いiPhone7を下取りに、Apple Store新宿へ。

人の少ない朝の新宿、いいね。

3年使ったスマホに12,000円以上の価値があったとは。。。

朝ごはんにびっくりドンキー

チーズかおろしか迷って決められず両方にしてしまった。
巨大メニューも健在

ゴジラをチラ見して、死ぬほど苦手な荷物のパッキングのために帰宅

ゴジラのいる街

ラスト飯はココイチのカレーで締めようとおもってたら本日閉店。そか、大晦日か。

仕方なくパック寿司を自宅で。これはこれで結果オーライ。

成田(もドアドア1時間いないで行ける、便利)から出国。

ANAラウンジのタダ蕎麦を書き込む貧乏人。さよなら日本。

今回の旅行で8本目目となるNRT-KULのANA便に搭乗中「あー、KL着いたら深夜だなー、ダッシュしないと終電間に合わないかなー」なんて考えてると、機内アナウンス。

「お客様の中にお医者様・・・」の例のやつ。確かに、おもくそおでこに冷えピタシートはってるおばちゃんがさっきいたな。と思ってたら30分くらいすると「機長です。急病人発生のため、マニラに着陸します」とのアナウンスが。

フィリピンでも使えるSIM持ってたので着陸している間にホテルに到着遅れる旨連絡すると「24hチェックインだからOKだよー」と即レスが。一泊2千円のホテルなのに、すごいなKL。

深夜にKL到着。誰もいないガラガラの空港。

ちょうどフィリピン上空でマニラ近くを通るルートだったし結果2hの遅れでした。

寝たの4時すぎ


170日目 1/1(水)

深夜にチェックインしたKLのホテル。ギリまで寝たいところだけど、頑張って起きて地元の朝ごはんを。

ロティに生卵乗ってんだけど。インドじゃありえないけど、立派なインド飯。美味。

地元民が食べてるのを見て、思わず追加注文。

ナシレマ(ココナッツミルク炊きご飯)

ブキッ・ビンタンへ移動。新年を祝う中華風パフォーマーがいたり、すごいなー、大都会KL。

この噴水も中華風の茶器?がモチーフになったデザインですばらしい。

歩いて老舗の肉骨茶(しつこいけど、読み方はバクテー、スマホでも変換できるはず)を。

超有名店のわりにこの店構え。たまりません。
土鍋でグツグツ肉骨茶。漢方スパイスがなんか身体に効く気がする。

昨今、中国人による爆買いで希少なドリアンも食べる。

タイ産の8割が中国に輸出されてるらしく、近年は市場価格も高騰。マレーシアはどうなんだろ?
豆とコーンの軽い塩気がいい感じで味を引き締めてくれて美味い。

バンサーに移動してKL在住の古い友人と再会。8年ぶりとか?でもSNS効果すごいねあんまり久しぶり感ない。お土産にモリンガシャンプーもらってワロタ。

バンサーにある世界一静かなスタバと呼ばれる聴覚障害のあるスタッフによる店舗。
ロゴもハンドサイン
ホテルの近くまで送ってもらったあと、交差点でふと見上げると、おぉKLやっぱ大都会。

空港に移動して、今回9本目の、KUL-DPSに搭乗。いよいよ、東ティモールも近い。

空港のラウンジでサーモン・野菜と生物中心に補給

日付変わるころにデンパサール に到着。小雨の中、徒歩15分でホテルへ。

高くないホテルだけど、徒歩圏内で、綺麗、お金使わず頭使ってて、このホテル気に入った

171日目 1/2(木)

起きる。フロントで少しインドネシア語で話す。通じるけど、単語出てこない!

さよならバリ、また来月。

空港まで歩く。超過料金取られるかドキドキしながら(LCCなので20kgを超えると支払い)、荷物を測る。(23kgだったけどセーフ)

毎回思うけど、「プリア」って響き女性感あって、いっつも「え?こっち男だっけ?」焦る。

今回10本目のDPS-DIL便のシティリンクに搭乗。

これが国際空港のすべてじゃ!

東ティモール到着時、税関のところで「おい、そこの中国人!こっちきて荷物開けろ!」と言われ「はいはい、日本人ですよ。JICAですよ。」と対応。すると「あ、日本人なの!JICAなの!」と態度が急変しフレンドリーに(どうかと思う)。

スーツケース開けると大量のモーリシャス紅茶や中国茶が「ワーオ、シャ・バラック(お茶たくさん!)」と言いながら「じゃ、これは私のね」とひょいっと一つ取り出したので「ふざけんな」と取り返す。なんて不快なことがありました。東ティモールのレベルもまだまだだね。

2週間ぶりに戻ると雑草王国担ってた。歩くルートが見つからない。

荷物の整理とか、掃除。ヤモリのウンコが結構落ちてる。(最初ネズミのウンコかと思って焦った)


172日目 1/3(金)

洗濯したり、草刈り(というか通る道を作った)したり

カタナとかカマが見つからなかったので、キッチンハサミで切っていく。ひまのなせる技。

暇なので東ティモール初のエスカレーターを見にメイマート2号店へ。

立派な店舗外観。緑の看板はJICAが支援してるファーマーズ・マーケット

今年から朝飯のパンをやめてオーミール生活を始めた。健康にいいらしい。

173日目 1/4(土)

釣りに行く。

今日は潮が満ちてて、濡れずに乗船できた。

海が荒れてて、波がヤバイ。

それでも1発目で釣れてくれた

2回針を落としただけで終わり。半分以上のメンバーがぐったり寝てるという珍しい状態の釣りで早々に引き揚げ。

夜はJICA専門家のおうちで、お好み焼きパーティーに招待してもらう

まさか、ティモールでお雑煮を御馳走してもらえるとは!!

専門家のご夫婦共にフランス語圏アフリカでの経験豊富な方で、その地域に詳しくない俺的にめちゃくちゃ勉強になった。知らないことを知ってる人の話を聞くのは楽しい。


174日目 1/5(日)

暇すぎてナッツ炒ったり

ピリナッツ。コーヒーとの相性最高。東ティモールで買うべきものベスト3に入るかも。

昨日お祭りした釣り針解いたり

タイマッサージ行ったり。

専門家の人に教えてもらったここのスパ。よかった。ちゃんとしてた。

5km以上歩いて帰ってきたり。

CCDの前の謎の像。

長期休暇も終わり。戻ってきたけど、隊員は海外に行ってる人も多く、日本人にほとんど会わない。珍しい。

バリもいいけど、そこから100ドルくらい使えば大都会KLに行けるのか、と覚えた。

ということで次からはまた東ティモールの話に戻ります。

東ティモール(任国外旅行) 24週目の2

協力隊の隊員が年に20日使える、国外へ出る権利を使った任国外旅行中。

バリ(インドネシア)、クアラルンプール (マレーシア)、ポートルイス(モーリシャス)と東ティモールを離れて4日目。アフリカの島国で華僑家族と迎えたクリスマス・イブ。その続きです。

え?東ティモール?モリンガ?知らない、知らない (笑


163日目 12/25 (水)

楽しいモーリシャスも最終日。フェン(モーリシャス華僑の友人)の妹が「近所に地元の人が好きなスナック買いに行くけど」と誘ってくれる。


インド系モーリシャス人がやってるお店で、確かに地元民が並んで買ってる。何かと見ると、焼き立て熱々の薄焼きのクレープ(チャパティよりは柔らかく精白されてる)にスパイスの効いたひよこ豆のカレーや芋、カルダモンペーストなどを包んだスナック。

クレープ状の生地は柔ら食感が最高。
こうやって、おじさんが手巻きで作ってくれる

どうぞどうぞと勧められるがまま3つも食べて、東ティモールで不足したスパイスをガツンと補給。

わかる人はわかる、この感じ。超インド。

モーリシャスオリジナルというマカロン的な見た目の物もご馳走になった。

ぱっと見マカロン。
裏はコーティングされてなくて開いてる。

英仏折衷て感じの味だった。フランボワーズかな

ショートブレッドでジャムを挟んだサクサク食感。元イギリス&フランス領って感じ。

ドラム叩いてる写真を何かで見た彼らが、フェンの妹が中国の琴(揚琴)できるからセッションしようぜ!となる

これが揚琴。デカい。そして弦の数半端ない。

まさかアフリカで楽器演奏を経験することになるとは 笑

お祭り用の太鼓みたいなのは中華太鼓とのこと。

その後、首都 ポート・ルイスが一望できる丘の上に連れて行ってもらう。

右側がフランス時代の要塞。左手に競馬場。山の形が東ティモールとは結構、違うね。
フランス時代の要塞。閉館時間だったが中から人が出てきて「見たいの?いいよー」と入れてくれた。
しかも善意で。某カレーとヨガの国では間違いなく「はい、100ルピーね」とここで小銭をかせぐはず。

首都から空港までタクシーを手配してもらって快適に移動。運転手はインド系で「俺、インドに住んでたんだよー。3年も。」というと、驚いた後、とても喜んでくれた。

オーボワー(さよなら)、モーリシャス。

空港も近代的で立派。2カ所もラウンジがあり夜行便に備えてシャワー浴びたりしてくつろぐ

シャワー浴びてキンキンに冷えたモーリシャスビール最高
か、かわいい。こういうとこにティモール(旧ポルトガル領)よりセンスを感じる、さすが元フランス領。
ハンドクラフトとかもそうだけど、もっと頭を使うことで外国人が買いたくなるような物を産めるはず。

今回の旅行で5本目となる、MRU→SINのフライト。バルクヘッド(足伸ばせる一番前の列)の席に着くと、え?小さい子供が座ってる。隣がフランス人の若いお母さんだったんだけどすごく感じよく「あ、ごめんなさい。この子の席はないのでどうぞ座って」と。

申し訳ない気持ちになりつつも満席なので座る。お母さんは子供(2歳行かないくらいか?かわいい)を抱えたり足の間に入れて遊ばせたりしてる。

走行するうちに機内食の提供になったんだけど、お母さんはCAとフランス語で何か話してて、食べてないなーと思って食べ終わってしばらくしてたら、アフリカ系のCAがやってきて子供を抱えてどっかへ消えたと思ったら、別のCAがやってきてサッと機内食とワイン(さすがフランス人)を。子供世話から食事の時間くらいは開放してあげたいというCAらのチームプレーの気遣いに感動しつつ眠りに。


164日目 12/26 (木)

KL(クアラルンプール )到着。街に出るほどの時間はないが何もしないのも悔しいので、フードコートに下りて、ドライ・パンミー食べる。

これから日本に帰る&またすぐにKL戻ってくるのに。。。

今回の旅で6本目のKUL-HND。久しぶりのANA

そして久しぶりの黒ラベル。さすが日系エアライン。

羽田に到着し、久しぶりのモノレールに。東ティモール、インドネシア、マレーシア、モーリシャスと南国が続いてからの12月の日本。めちゃくちゃ寒いのかとビビってモノレールの駅出たら、あれ意外と?寒くない?

5ヶ月ぶりの東京、そして東ティモールからせっせとローンを返済している我が家。。。って、意外と感慨はなかった。ま、たった5ヶ月だしね。

残業帰りの妻と合流して帰宅前に久しぶりの坂内(喜多方ラーメン)。流石にこれは感慨深かった。
仕事帰りの人からの完全に遊んできた人への視線が痛い。。。

165日目 12/27 (金)

自宅で起床。久しぶりに畳で寝たな。朝ごはんは楽しみにしていた吉野家へ。

この記事(https://rocketnews24.com/2019/12/16/1296471/ )を読んで一度試してみたかった、吉野家の社長の食べ方「社長スペシャル」を。

これが社長の食べ方だー。

あらー、山手線もあと何分で来るかわかるようになってる!

A型B型肝炎の予防接種3回目のために麹町へ。

二本松訓練所の感染症講座の先生のクリニックでお願いする。あの講座面白かったよね。

帰りにJICAをチラ見して

JIC本部。鈴木さーん!

久しぶりに油そばを食べ。

スープがないのでラーメンよりもヘルシーなんです(と言い訳)
20年通ってる早稲田の名店が、四谷三丁目にも出店してた。

その後、郵便局で頼まれた書類を海外に送り

東ティモールから来た日本人のおっさんが
新宿からタイにモーリシャス人の結婚証明書を送る

家の近所で餃子の王将を食べ

餃子の王将が一番好き

コンビニでアイスを買って帰る。久しぶりに帰国したけど、急に日常生活に戻った。

冷凍ケースのフタを閉めない東ティモール、フタがなくても空気の循環でなんとかする日本
似て非なる両者

166日目 12/28 (土)

朝は富士そばで、これまた食べたかった新メニューの「肉骨茶そば」。マレーシア名物の肉骨茶(バクテーって読みます)をなぜか、お手軽そばチェーンの富士そばが出しているということを見てからずっと気になってた。

うちの近所は駅挟んで2店舗もある。
肉骨茶そば。ニンニクと胡椒がガツンと効いて超美味しい。まさか蕎麦がこんなに合うとは!

その後、セブンでプリン買って帰る。怒られないように2つ

何か食べてばかりの印象ですが、そうです。そういう日常なのです(あとは主に家の片付けとかばかりしてた)。北海道に住む友人がたまたま東京にいるとのことで、ランチに。また、これも以前見かけて行ってみたかった回転火鍋へ。

大久保という土地柄、いかがわしさマックスの店構え。

火鍋食べ放題で2千円。牛・豚・鶏肉食べ放題。

そして具がコンベアに乗って回ってくる。ウケる。

個別の鍋で楽しめるので潔癖症でも安心(そもそもこの店選ばなさそうだけど)

ゴリゴリの中国人用の店で面白かった。これもインバウンドのおかげ。

それは、コーン!

海外在住者の力で免税(増税後の△10%はでかい!)で新しいiPhoneに変更。

「タピオカカメラ」と揶揄されてるやつ

167日目 12/29 (日)

5ヶ月ぶりの東海道新幹線で実家がある三重に。

これも日本ならでは。
普段乗ってるベモって下手したらこの横幅くらいだよね。
静か↔︎爆音、揺れない↔︎揺れる、禁煙↔︎運転手は喫煙可差はいろいろ。
名古屋到着。甥っ子姪っ子へのお年玉を持ってくるのを忘れたのに気づく。

もうすぐ41歳になる私ですが祖父母のうち2人はご健在という長寿一家。18歳まで一緒に暮らしてたもうすぐ101歳になる祖父に会いに来た。

来たら寝てた。けど起きて、俺のヒゲと髪型見て爆笑。

他の家族も続々と見舞いにやってきた。いやー、長生きしてほしいね。

東海圏のみなさんはご存知うどんチェーン店の「サガミ」に家族で行く。

関東民にわかるように言えば「味の民芸」ですね。事実、買収して経営同じになったらしい。

10名の大所帯。家族増えたなー。

味噌カツ煮込み、奥には手羽先。三重県でも北部なので食文化は完全に名古屋。

妹の家で、綺麗な犬と思いっきり遊んだり(東ティモールでできないこと)、親戚の家を回って日帰りで帰京。

知る人ぞ知る、名古屋駅新幹線ホームの立ち食いきしめん「住よし」
東ティモールで食べれないもの(生卵)はなんでも嬉しい。

最後は東海道新幹線車内でアイス買って

この地球上で一番硬いのはダイヤモンド。でも次はあずきバーで、その次がこれじゃないかと思ってる。

インドネシア語の教科書開いたまま寝て終わり。

新しい教科書を日本で入手。が、すぐに寝てしまった。

なんか、日本に戻ってからは食べ物ブログになってますな 笑


あまり日本人に馴染みのない国、アフリカのモーリシャスに行き、そして帰国したという週でした。

東ティモールにも、モーリシャスにもないものの一つ。

東ティモールとモーリシャス。

どちらも南半球の、同じくらい人口がいる島国で、ヨーロッパの国に支配されていた歴史を持っている。

しかし、歴然とした経済発展の差があるのはなぜかずっと考えていた


「油が出ない」「旧宗主国の教育」「移民国家」「港」がキーワードになるのではないかなと。


「油が出ない」

東ティモール = オーストラリアとの国境に石油ガス田があり、いまだに大きく依存(国家歳入の8割?)。採取した原油・ガスは設備のない東ティモールでは精製できず(商品に加工できず)、オーストラリアにそのまま送られている。ロイヤルティーとしてお金はもらえるけど、産業はなく、不労所得(特許王とか過去にヒット曲で一発当てた的な感じか?)

モーリシャス = 原油は取れない。サトウキビのプランテーションが長い間主要かつ唯一の産業だった。これはいかんと、他の産業育成に取組んだ結果、縫製業(H&Mの工場を誘致)、観光業(散々綺麗な海を見せてきましたよね)が育った。


「急宗主国の教育」

東ティモール = 元ポルトガル領(その後、日本・オーストラリア・インドネシアによる占拠期間も)。教育はあまり熱心にされてなかったのではと推測(ポルトガル量はアフリカの数カ国やブラジルを見ても教育はあまり熱心ではなかった様子)。ポルトガル語がわからない人も多い。

モーリシャス = 元フランス領(その後、イギリス領)。フランス在外県を多く持つ国なので、仏式教育をしっかりしており、現在も人々はフランス語を話せる。また、イギリス領だったこともあり、英語も話せる人が多い。


「移民国家」

東ティモール = 中華系、ポルトガル系、インドネシア系の人々との歴史的な交流があった。しかし、中華系の血を引くティモール人もいるにもかかわらず、中国人に対する風当たりが現在では非常に強い。

モーリシャス = インド系が最大派閥、中華系、アフリカ系などが多い。しかし、表立って人種差別的な対立は少なく、調和の取れた移民国家。


「港」

東ティモール = かなり小さい港が一つだけ。地形的に天然の良港ではなかったのかも。ガントリークレーンはないので、コンテナ船が寄港できない。

モーリシャス = ヨーロッパからアフリカの南端希望峰経由でインドに行く船の通り道として過去から交易。今も大型のガントリークレーンがあるため、コンテナ船で交易が可能。


似て非なる国、東ティモールとモーリシャス。いろんなことを考えてしまいました。

東ティモール(任国外旅行) 24週目の1

ボンジュール。元フランス・イギリス領のアフリカの島国モーリシャスに旅行にきて2日目。東ティモールでも協力隊でもなく単なる、モーリシャス旅行ブログみたいになってます。ボリューム多いので週を2つに分けてます。


協力隊は「任国外旅行」と呼ばれる自分の国の外へプライベートな理由で出ることが20日/年まで許されています(含む日本)。国によって行ける国は限られていて、従来東ティモールの場合は日本+近隣の7カ国のみ (*1)でしたが、昨年10月に制度変更となり、一気に行ける国が増えました(*2)。

(*1)日本、マレーシア、フィリピン、タイ、インドネシア、シンガポール、PNG、

(*2) 昨年10月に拡大された、東ティモール隊員が行ける国一覧。
灰色は現在渡航禁止。黄色は私が行ったことない国。

死ぬまでに世界の全部の国と地域に行きたいなーなんて思ってる私は、この中から行ったことない国を探し、なぜかアフリカはモーリシャス経由で日本に帰国することになりました。というのが先週までのあらすじ。

初のモーリシャスにもう直ぐ着くときに、おい、前のおっさん!リラックスしすぎや!

161日目 12/23(月)

おはモーリシャス。77カ国目となるモーリシャスの初の夜を終えて起床。

南アはケープタウンのテーブルマウンテンみたいだな。
朝ごはんのパンはどでかい(東ティモール比)、硬いヨーロッパ系のパン。

昨晩まっくらだったこのモーリシャスの田舎町がどんなところかわかってきた。ここ、南インドだ。

昨晩は真っ暗だった道も一晩あければコロニアルな感じ。
道にマンゴー落ちてるのも南インドっぽい

チェックアウトしてスーツケース押しながら、SIMカードゲットしバス停へ

どこも道はちゃんと舗装されてます
携帯料金を支払う人で並んでたけど、みんな英語(当然フランス語も)話せる
パスポートあればSIM買える。300円で1GBの通信つき。安い。そして日本と同じくらい速い。
バス停。東ティモールみたいにトラックの荷台での都市間移動ではない。

首都のポート・ルイスまでバスで。

立ち乗りが出るくらいの満席。スーツケースはバスの最後の席の背もたれ裏に放り込めと。
2車線のハイウェイが完備されてる。先進国と遜色ない。。。

首都直行じゃない路線バスに乗ったので、2時間ほどで首都到着

島国だけど、緑の山が直ぐそばにある景色。
お前、見たことあるぞ!! (インド国営保険会社です。)
インド系の移民が過半数を占めるのでインド文化は相当根付いてます。

ランチを探す。でも、ここまで来て、KFCとか世界中どこでも食べられるパスタとかサンドイッチを食べるのは、食に重きをおく性格として許容できない。どでかいスーツケース(最大サイズのリモワ)を押しながら、うろうろしてフードコート的な店で「Taste of Mauritius」を謳った店を見つけて「本日のランチ」

ヤギ肉の煮込み、豆とオクラのトマト煮を米にかけて、フェイジョアーダ的な豆煮込み。
クセはなく酸味と塩見の調和が美味。スプーンは廃材使ったもの。

観光地として開発されているウォーターフロントに移動。フランス植民地感あるし、それを大事にしているね。

ここも夏のクリスマスツリー
ちょっと、浦安の夢の国感ある。てか、あっちがこっちに寄せて作られてるんだろうけど。
テーマパーク感
冷たい生ビールが飲めます。
定番のフォトスポット
ドードーという乱獲で絶滅した鳥が有名。ドードーをキャラに使ったモーリシャス紅茶のお店
マリアージュ・フレールのパクリのTWGをさらにパクったような紅茶ブランド。でも買った。
東ティモールと同じくらいの人口だけど、高いビルが何個もある点で経済的にはこちらが数段上。

中華系モーリシャス人のフェンと合流。SNSで知り合い遊びに行くことを連絡していた。

彼の家に歩いて行く途中屋根の上にいる犬を発見

結構遠くにいたのに屋根を亘って追っかけてきた

てか、そんなに吠えたかったの?

家でシャワーを借り、Wifiを借り、お母さんの手料理を頂いたり、お父さん(18の時に中国から海を越えて移住)と中国語で会話したり(テトゥン語しか出てこなくて苦労)して過ごす。

家庭の中華。だけど海渡ってインド文化と出会った感ある。鶏のカレー煮と豆炒め

フェンの妹夫婦が2階に住んでて(どでかい家です)、買い物行くわよーって、22時ごろに出発。こんな夜中に店あいてるの?と思ったら、ショッピングモールは超混雑。

クリスマス商戦真っ只中といった感じ。Tシャツ・短パンだけど。
サトウキビ工場を改装したモールには煙突をそのまま残す。
高級パン屋のPAULもあるし、ドバイのモールと変わらん。

お土産にバニラ・ティー(フレンチ・バニラが有名)買い物して、地元の老舗アイスを食べて戻る。

ココナッツ削ったのが乗ってるのが斬新。
味は昔ながらのやつ。ババヘラみたいな。
いろはす的なフレーバーつき炭酸水。フランス領だといちいちお洒落。

162日目 12/24(火)

家庭のご飯。やはりパンがでかい。そしてバニラ・ティー。

フェンの家のマンゴーの木からマンゴーを取る作業。

ペットボトル+配管で作った道具が便利。賢い。ティモールでも売れるかも。

お父さんがやってる店を見に、中華街へ。ここ1年くらいで上海から戻ってきた中華系モーリシャス人のアートディレクターが中華街を盛り上げるアート活動をやっているそうで、いろんなところにアートがあって歩くのが楽しい。

では、ざっと羅列してきます↓

ペットボトルでつくったドラゴン
鄧小平と周恩来
カラフル孫文
孔子
毛沢東
ウォーホルでおなじみキャンベルスープ
カンフーパンダ
ほんまもんのカンフーの人。(正確にいうとジークンドー)
インスタ映えしそうな扉

ここで中国からユーラーシア大陸を渡って、アフリカに行き西アフリカから南アまで60か国以上旅をしてきた中国人女子も合流(てか英語もろくに話せないのに凄すぎる)。

アフリカ感というかインド感のあるマーケットを抜けてバスターミナルへ。

首都ポート・ルイスから北に向けて移動

ASHOK。。。懐かしい。インド・ブランド

広がるサトウキビ畑。石垣島か

Grand baieで乗り換え。フランス領リゾート感すごい。

ビーチの横で乗り換え。てか、リゾート感よ。フランスなどの欧州のお金持ち大集合。
今度のバスはACなしの庶民バス
見かけたヒンズー教寺院。南インドからたくさん移住してきてるんだろうな。タミル語っぽい文字が見える。

目的のNotre-Dame Auxiliatrice de Cap Malheureuxに到着。赤い屋根が印象的なこの教会。絵になるね。

中国人がこぞって、ハネムーン写真を取りに来るらしく、道挟んだ向には中国人向けの写真館が。

そして、この前の海がすごい綺麗

お金持ちの船が揺れる

海に突き出た桟橋がいい感じ。

中華系の人らといると普段撮らない自分の写真撮られまくるね。誰得な写真が続きます。

中国人女子、モーリシャス人男子、日本人のおっさん全員白Tシャツ。
笑顔
多分、笑顔
帰る頃には中国人ハネムーナーが撮影してた。

点心で小腹を満たし次のビーチへ移動。

牛肉団子。冷凍食品だけど十分旨かった。

ロングビーチに到着。

高級ホテル($400〜)も多いけど、プライベートってわけではないので、貧乏人も歩いてよし。トムソーヤの著者マーク・トゥウェインが「マジ天国」って行ったのもわかるね。

映えそうな桟橋
金持ちの船やバナナボートなどを見ながら

白い砂、青い海、日焼けするヨーロッパ人を見飽きたところでお腹が空いた。観光客価格のフードトラック(屋台)がいくつも並ぶが我々はその裏にあるこちらの店へ。

店というかなんというか。。。
見るからにインド系のおばちゃんが、焼き立てロティにスパイスの効いた肉を包んでくれて超美味

焼き立てロティ(インド風のパン)の店。でも、この手の屋台にありがちな不衛生な味が一切しないのが、さすがモーリシャス。インドとは違うんです。

おかゆのような豆とヤギ肉の煮込み。
シンプルな塩味で素材の味が引き立つ。
そんな国なのに、いまだにこの手のバスが現役なんだよなー。インドのアショク・レイランド。

ポートルイスに戻り、市場を見たりして、一度、フェンの家に戻る

なんとなくアフリカにいることを実感させられる絵
市場はどこでもいいね。独特のにおいがあるよね。

シャワー浴びたりして夜は家族のクリスマス・ディナーにお邪魔する。

彼の家はいまだ現役の競馬場の近く。フランス・イギリスの植民地だったのを感じるね。いい景色。

ディナーはチャイナタウンで中華!最高!

中華最高。どれもめちゃくちゃ美味しい。

ごちそうさまでした。てか、家族のクリスマスディナーにお邪魔してごめんね。

この後、家に帰ってから夜中までジングルベルの歌を各国語(英・仏・中・日・独・モ)で歌ってビデオ撮影したり(歌いながら半分寝てた、もう夜更かしできないわ。。。)して過ごした、南国のクリスマスイブでしたとさ。


東ティモールの青年海外協力隊のブログではなく、単なるモーリシャス旅行者のブログになってますが、ちょっと長くなったので、この週はここで一度切り上げますー。

この右側の野良犬

同じような元ヨーロッパの植民地の島国だけど、発展の度合いがかなり違うのはなんでかなー、とずっと考えてました。


サリー着て、金の大きいピアスして、おでこに何か(ビンディ)をつけた、どっからどう見てもインドのオバちゃんが「ボンジュール」「メルシーボクー」とか言ってるのがずーっと面白かった。「ナマステー」「タンキュー(Thank you)」じゃないんかーい!と。

瞬間冷凍されたのかよってポーズで寝てた。寝方のクセが強い!

東ティモール 23週目

年の瀬も近づき、ここでの仕事もひとまず仕事納め。年末年始はガッツリ3週間近く休みになるので、初の国外旅行(協力隊では任国外旅行という言い方をします)で、海外77カ国目となるアフリカ・モーリシャスへ。

モーリシャスビール

154日目 12/16(月)

いよいよ、年内の最終週がスタート。インド時代の癖で、不測の事態(例えばテロとか天災)に備えて、水と食糧をいつも備蓄してるんだけど、乾物はともかく冷凍系は不在の間に停電→腐る→電源復旧→再冷凍→知らずに食べて病気にとなるのが嫌なので、帰国に向けて冷凍庫を片付け始める 

冷凍豚肉とオクラのモリンガ炒め。
豚の脂と醤油ってなんでこんなに合うんだろ。クミン塩も合う。

155日目 12/17(火)

先輩隊員が帰国した日。でもスッカリ忘れてたー!(帰国のフライト予定ってメールとかで回ってこないから。。。)

でも、練馬には義理の実家もあるし、福岡は仕事とかで年に何回も行くし、別に帰国後も会いに行けるからいいよね?(て、この考え方ドライすぎる?卒業式で泣かない冷たい人と同じ?て、斉藤由貴!) 

カレンダー見てて気づいたけど、2019年12月は31日が火曜、2020年1月のカレンダーでは月曜。。。
おいおい、東ティモールのカレンダーよ、こんな調子で大丈夫か??

156日目 12/18(水)

JICAのスタッフらと、東ティモール第3(第4?)の都市と言われるマリアナに行く。

島の東半分が東ティモール。消されている左側は西ティモール、つまりインドネシア。
でも飛び地のオエクシがあるよ。

直線距離なら70kmくらいなんだけど、そこは山がちな東ティモール、まずは海岸沿いをひたすら西へ。インドネシア国境付近まで行ったら、山に向かって南下し山をいくつか超えてようやく到着。4時間。

向こうに見える山は、国境越えてインドネシア

山の中なのに、暑い、暑すぎて死ぬ。。。ディリより暑いっってどういうことだ。。。

盆地だから、熱がめちゃくちゃこもってる。

そんな中食べた牛テールスープ。美味。けど胡椒が効いてて、さらに汗が止まらない。
このワルン、東ティモール来て一番暑かった。サウナ。モリンガの乾燥室超えてたわ。

お米の農協や、ピーナッツバターやお米、ミネラルウォーターを作ってるNGOを訪問。

写真じゃ伝わらない暑さ

ここに住む先輩隊員も加わって、晩飯(きれい目のワルン)を食べる。

ナシゴレンはほぐした鶏肉を乗せる独自スタイル。

暑い、ネットが遅い、ディリからのアクセスが悪い(夜中3時に出るバスしかなく、暗い中、ガードレールもない未舗装の峠道を行くリスク)が気になる。特に最後のは、、、安全より優先するものはないからなぁ。。。

ランクルの悪路走破性が本当に必要な山道だった。SUVはファッションじゃねぇ。
あとタイヤって超大事。信頼できる日本のブランドを選ぼう(笑

157日目 12/19(木)

朝飯食べてると日本語で声かけられ「え?」と思うと国産米プロジェクトのJICA専門家の方が。今週、ちょうどメールで問い合わせしてたところなので、なんか変な感じだ。

朝ごはんがチャーハン、卵、パン、コーヒー。。。茶色オンリー。

お昼くらいにディリに戻り、週末の旅行に向けパスポート受け取り(東ティモールはパスポートを事務所に預けてます)

この日に事務所の納会やってると聞いてて「ごめんごめん、遅れたー」と戻ったら「人が集まらないから来年やるわ」と。なんじゃそりゃ。

みんなで車直してた。直せてるのかはわからないけど、よく見かけるよね。
日本人てほとんどの人が自分でボンネット開けて直そうとは考えないんじゃないかな?

 158日目 12/20(金)

年内最終出社。いよいよ年の瀬感でてきたね、あいさつとかもなくみんなバラバラと帰って行ったわ。

御供物感があるマンゴー。葉っぱでできた籠で作ってる。エコでいいね

先輩隊員がつくった5S啓蒙ポスターを貼った。

「なにこれ?」って興味持って、見てる

うち(事務所の隣のゲストハウスに住んでます)に残ったのは守衛だけ。

年末のお土産用に、モリンガ粉を持って帰るよ。公私混同せず、ちゃんと、PAIDです。

159日目 12/21(土)

18日間の休暇スタート。 

「もうすぐ101歳になる祖父に会うために、アフリカ経由で日本に帰国する」という、ちょっとどうかしてるスケジュールを組みました。今回は13日間で10本のフライトを予定。

1-   DIL-DPS (インドネシア行)
2-   DPS-KUL(マレーシア行)
3-   KUL-SIN(シンガポール行)
4-   SIN-MRU(モーリシャス行)
5-   MRU-SIN(シンガポール行)
6-   SIN-KUL(マレーシア行)
7-   KUL-HND(日本行)
8-   NRT-KUL(マレーシア行)
9-   KUL-DPS(インドネシア行)
10- DPS-DIL(東ティモール行)

お土産。コーヒー以外はインドネシア産だな。。。

 まずは、ディリの空港に100Lのスーツケースもって向かう。ベモ(乗り合いミニバス。アルファードより小さい)に乗っていいのか? と思い聞くとOKと。


「空港まで行くの?$1でいくよ」と気のいい運ちゃん。
「いや、助かるわー」といって、空港の手前に着くと「空港の中まで入っていくには$3追加。$1はデカい荷物代だから」と。 手持ちの$0.75だけ渡して、空港まで500mくらいスーツケース押して歩く。 

空港の待合室(ラウンジなんてものはない)で、まマリアナにいた国産米PJの専門家と再会。他にもJICA健康管理員やソフトボールでお世話になってる大使館員など、知ってる顔もちらほら。

機内食にクルー(パンの木)の煮込みが出るあたりがローカル色強めでいいね。

バリ島(デンパサール) 着。次のフライトまで、2hの乗継でギリだなーと思ってたら、荷物が出てこない!!! 

公用旅券でイミグレの優先レーン使った意味なし!

他にも、インド人・ポルトガル人等、乗り換えがある人らがみんなイライラしながら待ってる。30分以上経過。

「おい、隣で回ってるぞ」と誰かが言う。4のカウンター表記でみんな待ってたら、5の方に全員の荷物が流れてきてた。。。表示はそのままななのに。。。

ギリギリでチェックインし、ラウンジでサッとコーヒーだけ飲みKLへ。

セントラルのインド人街。懐かしい言葉があちこちから聞こえる。

KL在住の友人とローカルな住宅街の中にある、イタリアンへ。シーフードメインで食べちゃうよね。

KLの移動はグラブ(UBERみたいなタクシーアプリ)。ほんと便利すぎる。。。言葉話せなくても移動できるし、安いし。。。昔東ティモールもあったそうだけど。。。

旅行中もインドネシア語の本持って、勉強してた。
バハサインドネシア勉強して早2ヶ月。
なんとなく、町の看板が読めるようになてきたぞ!

 160日目 12/22(日)

グッドモーニングKL。いつもはゲストハウスのシングルベッドで寝てるので、思いっきり寝返りを打って楽しんだあと、徒歩で朝ごはんに。

本当にここにフードコートがあるのかと疑う外観?? 
ポークヌードル温玉入り。美味。久しぶりにちゃんとした麺類食べた。

KLセントラル駅からKLIA Express(スカイライナー的なの)で、また空港へ。

すごいね、「空港行き特急電車」て書いてある。。。

久々のラウンジに興奮してエスプレッソこぼしたりしながら、KL→シンガポール(一度降りる)→モーリシャスへ。 

エアバスの新しい機体で快適。CAの身体の大きさに大陸を感じるモーリシャス航空。

モーリシャス到着。これで海外77カ国目。

訪問した国マップを更新するも、小さすぎて見えない。。。
アフリカの右下のでかいマダガスカル島の沖なんだけど。

結構入国の時に帰りのチケットやホテルの予約等々細かいことを聞かれるが、取り合えずATMでお金をおろして、タクシー(交渉制)でホテルへ。

空港はすごくきれい。ヨーロッパの地方空港以上。サクサク無料Wi-Fi(東ティモールには公共無料Wi-Fiがない)もあり快適。

 ホテル(というより最安値のゲストハウス)についてわかったけど、インド系モーリシャス人の家の上がゲストハウスというタイプ。インドの田舎の家にホームステイって感じ。

チープさがたまらない。ベッドに蟻とか。けど、涼しくて快適。

マエブールの街に出てみる。真っ暗でほんとインドの田舎町に来た気分。

KFCとなぜか家電の店以外は夜8時でも閉店。空港のあるだけの田舎町だしね。

暗闇から突然吠えてくる野良犬にビビりながらもなんとか、開いてる雑貨屋を発見し水とコーラ買う。

みんなフランス語話してるけど、英語もちゃんと話せるね。そこそこ物価は高いな。

ということで、2019年の仕事終わり、13日の任国外旅行がスタート。ここからしばらくは旅行ブログになちゃうかも。

マリアナ暑かったなー。。。冷えたビールはめちゃくちゃ美味しかったけど。

東ティモール 22週目

真夏のクリスマスに違和感

年の瀬に向け帰国される先輩隊員が何人かいるので送別会増え、年の瀬感出てきたー。(カトリックの東ティモールはクリスマスからガッツリ年明けまで休みになる事務所が多く、仕事面ではあまり年末年始にこちらにいる意味はないのかなと)


147日目 12/9(月)

朝から倉庫(コンテナを改造)をガサゴソしてると思ったら、クリスマスツリーを出してきてた。

ティモールプラザにラベルの印刷見積もりをとりに行こうと外出たら、火事だ。

結構、近所だった。

真夏のクリスマス全然しっくりこない。

火事だー。。

ユアサミート。。。

モリンガ パッケージ用のラベルシールの見積もりを。

先輩隊員と合流してランチ。

久々に豚サテー食べる。相変わらず美味。
食へのこだわりが強すぎて、まずいものをほとんど食べてない気がする。打率9割超えてるな。

148日目 12/10(火)

シャワー浴びて身体拭いたら、バスタオルじゃなくてバスマットだった。。。

昨日、大型冷蔵庫のガラスドアが落下して、足をひどく怪我したスタッフがいたんだよね。

冷蔵庫は修理に

前職の鉄鋼メーカーでも工場勤務だったし、安全にはかなり厳しい製造業で17年働いてきた経験から、会社の事故レポートがどんなだったかを思い出し、事故レポートのフォーマットについてアイデアを出したんだけど・・・

うーん、無視か・・・人のいう事に聞く耳を持たないって、成長の機会が失われるよね。

おやつだよーと、突然バタートースト、いや、マーガリントーストがくばられる。
マーガリンは常温保存できる、ちょっとヤバい味のやつ。あんまり好きじゃな。多分、悪質な脂。。。

149日目 12/11(水)

暇なのでラベル作り。デザインとか難しいねー。しかもパワポでラベル作ってるし。

モリンガ=緑色だけど、緑色の食品パッケージてどんな感じの差し色入れてるんだろうとか思って、緑のパッケージの食品について考察。

緑の食品、茶色の食品、清涼飲料水にソートできるかなー。

清涼飲料水はsodaって書くべきね。。。

150日目 12/12(木)

アイレウからきた有機白菜。

先日買い付けてきた野菜がガッツリ売れ残ってるので、新隊員に買わない?と声をかけたところ、DIT(語学学校)帰りに、体育隊員の2人がうちまでやってきてくれたので、畑を案内し、オススメのワルンでランチを。

最近この店では、テトゥン語ではなくインドネシア語使って店員との会話に挑戦してる。
モドじゃなくてサユールとか、マカンディシニ〜とか。

151日目 12/13(金)

午前中はJICAに行き、活動について相談。VC(ボランティア調整員)のお二人とも親身になって相談に乗っていただき本当にありがたい。

日本大使館に行き、在外選挙登録が終わったので引き取りに。週末のソフトボールでいつもお世話になってる大使館員のMさんがにこにこして迎えてくれた。

在外選挙登録してない人、ティモールも多そう。。。
あんまり政治の話するの好きじゃないけど
選挙に参加しない人は正直どうかと思う。

その後、ランチに新規開拓しようかと何軒か大使館のまわりにあるワルンを覗くも、いまいちピンとこず。

結局、またいつものタイ料理に。うめぇぇぇ。ソムタムうめぇぇぇぇ。
甘みと辛みと酸味と旨みのバランスが絶妙。あと歯応え。

午後は先輩隊員らの報告会があるので、またJICA事務所へ戻る。

W4横のJICAが支援している農家の店でアメリカーノ。いいクレマ。
適当に作った割にピースコーヒーの豆のおかげか超美味。予想外。

プレゼンするのも・聴くのも好きなので、最前列で「自分が発表するならどこを直すかなー」と考えながらメモとりながら聴く。(でも、上から目線かなーとおもって、作ったメモは自分のiPhoneにそっと保存)

夜は市内の中華で先週来た新隊員と、任期延長の末帰国される先輩2人の歓送迎会。くじ引きの結果、テーブルが大好きなアイレウ隊員らと同じで最高に楽しかった。

しかし、毎度、イベントの仕込みがすごいな。自分がこの手のイベントを準備すると考えると、、、いやー、無理だなー。

152日目 12/14(土)

この日は待ちに待った、東ティモール来て初めての釣り!

なんというか手作り感がすごいが、東ティモールじゃこれがスタンダードな船。
見ての通り、トイレとかはない!金沢八景の忠彦丸とは違う!
こんな近くで釣りに行けるなんて。釣り部に感謝。
何にもない海の上で船に揺られてると、ネガティブなことを忘れられるよね。
釣れたー!カワハギ?いやメガネハギだそう。

釣れるっていいねー!!

本日の釣果。魚さばくの久しぶりすぎて、手怪我した。。。
東ティモールでフレッシュな刺身!
先輩隊員にもらったバターでバター焼きに。

153日目 12/15(日)

なんとなくプリンに見えてしまった

朝はソフトボール、お昼の送別会まで時間があったので、JICA専門家の車でうちに送ってもらって、昼まで時間を潰す。

ランチ送別会があると分かってはいたけど、またチョトマカッサル(ピーナッツ牛肉スープ)食べてしまう。。。

ランチ送別会にいくと、こちらで事業をされている韓国人の方が持ってきてくれたゆずが香るソジュ(焼酎)がめちゃくちゃ美味しかった(写真撮り忘れた)。

久しぶりに棗味の酸乳(中国の飲むヨーグルト)飲んだ。美味。
これはノンアルだけど。

サラっと書いたけど、冷蔵庫のドアでスタッフが怪我をした件は結構ショックだった。新興国・途上国で生活すると、こういう事故が起きる確率は日本よりも高い。

オープンエアにベッド&蚊帳を置いて寝る守衛。

どれだけ気をつけていても、起きる時は起きるので、これはある種の運。打ち所が悪ければ後遺症が残ることもあるし、協力隊での2年間はそこまでのリスクを取ってまでやるべきものではないと思う。

地方に住むと、首都との行き来も増えるし、さらにそのリスクは高くなると思う。

インドネシアの魔法の薬、エクストラ・ジョス(美味)飲んでも、事故は避けられない

2年(=任期)の後、無事に帰国することが、なによりの目標と聞いてきたけど、その通り。命あっての物種。

地方隊員になることを躊躇するのは、この辺のリスクが大きいんだよねぇ。。。

シガテラ毒を考えると、この手の南洋の魚食べるのもリスクが。。。

東ティモール 21週目


気付けば12月!日本なら寒くなって年の瀬感が出てくるところですが、さすがは南半球。むしろ逆で、雨季が近づき、蒸し暑くなってきました。そんな中、カトリック国のこの国ではいたるところにツリーやサンタが、、、違和感しかない!


140日目 12/2(月)

事務所に人が誰もいなかったので、マルっと一日暇をつぶす。(誰かにマーケティングを教えにきてるので、基本的に教える相手がいないと暇)

右側のバナナ葉に包まれているのがサボコ

お昼にサボコ食べたくらい(サボコ…魚とかをバナナの葉っぱで蒸した料理)

中はこんな感じ。これはイワシかな。唐辛子ぬか漬けのような感じ。

事務所の隣にあるゲストハウスに住んでいるので、ほぼ歩かない生活。

これは健康維持的にイカンと思いつつ、若干暑さの和らいだ夕方に歩いて中華スーパーめぐり。(中国人系の輸入食材スーパーが何軒かあり、火鍋の素とか油揚げ、豆腐や湯葉とか買えます)

この店、スイカの在庫充実しすぎ

ジャックフルーツ双璧をなす、もう一つの東ティモールで大好きフルーツ、サワーソップ(シルサックとも言う)。

結構熟成が難しく、カビ生えてグズグズになったころが食べどき。でも、こないだ買ったサワーソップを上手く熟成できず、なんか変色してる。。。(写真割愛)ちょっとかじったけど、味も美味くないし、ペッと吐き出し捨てる。

(この件で、腹こわしたかな?と思ったけど、インド3年で壊さなかったおなかは、東ティモールごときでは壊れないよねー)

このスイカも激マズだった。。。たぶん傷んでる。

こちらも写真は割愛しますが、家のタンスの裏にデカめのムカデが死んでるのを発見。ゾゾゾ。

141日目 12/3(火)

これテトゥン語で「カタナ」
太平洋戦争中の1943〜1945に日本軍が豪・蘭・英・米の連合軍と戦った末に東ティモールを占領しており
その際に一部の日本語がそのまま東ティモールに定着してしまったのです

朝、窓開けっ放しでエアコンつけてたので、「閉めなよ、エコじゃないよ」と注意するも、なんか逆切れされる。挙句の果てには「お前のNGOじゃないから好きに使わせろ」と。

なるほど、はい、そうですか。。。スウェーデンの怒ってる中学生にその内ぶん殴られるぞ。

同期がモヒートを自作したいので、うちの畑にある生ミントを欲しいと連絡あり。

生ミント100g(ざる一杯分)を用意。

ハイ喜んで〜。

ミントの苗も自宅で育てたいそうな
レモングラスの苗もありますよ。

夜は、本日到着したばかりの2019-2次隊のプチ歓迎会をドミで。

ようこそー。7月中旬に来た我々ももう先輩になる訳ですよ。

「皆、俺みたいに、初日に頭を打たないようにねー (笑)」

↑これを言うために行った

モリンガを入れるようのパウチ袋を探し続けること数ヶ月。
まさか、事務所に在庫があったとは。。。言ってよ。。。
ラベルのサイズをやデザインを検討。市場に出てるパウチ袋商品と比較。

大使館職員からモリンガ購入希望が届く。ありがとうございます。

142日目 12/4(水)

朝から事務所のサーバーダウンしており15時までPCが使えず(この手のネットが超スローな国でシン・クライアントなんて使ったらアカンて。)

仕方ないので、ネットがなくてもできることを考え、午前中はモリンガ在庫の整理。

適当にロッカーに放り込まれてた在庫に規則性を与える

まずは、産地別にロッカーを分け、製造の古いものを上に新しいものを下に(古いものから順にとって行ってもらえるように)、あたらしいもの、番地を付けて整理。

ロッカー毎にA〜Eの名前をつけて、棚番号(下から1〜4)と組み合わせて番地に。

ここから、番地(棚の場所)ごとに、収納されているモリンガのデータを集めて棚卸をしたいけど、、、あー、PCが動かないので紙がない。ほんと、このシン・クライアントってやつは使えねぇ!!

使えねぇといえば、何度か注意してるコレ。ハカリの上に重い物(テープ)を置いている。
バネ伸びてハカリ壊れて正確な軽量できなくなるよ。

ドミに行った帰りに歩いていると、金髪の綺麗なお姉さんに道で話しかけられたと思ったら、同僚のオーストラリア人ボランティア。

「うち近所だから〜」と、家に呼んでもらって、彼女のパートナーのポルトガル人を紹介してもらう。彼は、昔インド(しかもムンバイ!)に住んでたり、東京に住んでいたりと共通点が多く、話してて楽しかった。

こういう時に、英語を中高(高校はだいぶサボってたけど)と少しは勉強してきてよかったなーと思う。今や中国語、スペイン語、テトゥン語、インドネシア語(読み書きだけなら、ロシア語とヒンディー語もギリいけるはず)と中途半端に話せる言葉ばかり増えたけど。。。

とか言いながら、この帰りに「肉松パン」買いに立ち寄った中国人ベーカリーで全然聞き取れなくて老化を痛感。。。
日本語+英語+1(今はテトゥン語)までだな。以前はその+1が中国語だったけど。書き換えられた。

143日目 12/5(木)

PC復活し、ついにできたぞ番地制度と棚卸し。

相棒、というか教え子が、販売実績管理(帳簿への転機)で忙しく全然マーケティングの仕事をできていないので、他の人に早く任せるように言う(3回目)

お昼はまた弁当(ナシ・ディブンクス)と砂肝を家で炒める。

ここんとこ買いがちな4軒隣の家が売ってるナシ・ディブンクス。油紙に包まれたご飯&おかず。
この日は油炒めの葉っぱ(キャッサバか?)とゆで卵と厚揚げ甘辛煮

あれ?昨日、マンゴー食べて唇がピリピリしてると思ってたら、なんか、膨らんできてるぞ!!

うぉー、これが「口唇ヘルペス」ってやつか!人生初ヘルペス。(グロいので写真割愛)

代わりに綺麗なモリンガの花の写真でもどーぞ。

仕事がなさすぎるストレスでヘルペスできるって、なんてワーカホリックな日本人なんだ。東京の本社にいた時は「極力、無駄な仕事をしたくない人」だったのに。。。

タイ料理に欠かせないコブミカンの葉を畑で見つける。

144日目 12/6(金)

起きたらヘルペス増殖。ヤバイ。潰れて、血?体液?がどんどん出てくる。(昨晩、寝るときに汚さないようにガーゼで覆って寝たら、これが良くなかった)

そんな中でも出社。初日の頭ぶつけた時に病院でもらったベタダインて、イソジン的なのをトイレットペーパーでせっせと塗って消毒(のちに、これを言ったところ、複数の看護師隊員から「意味ないよ、それ」と笑われる)。

ベタダイン。
病気と無縁の人生なので薬の使い方よく知らない。。。

朝、マーケティングの教え子(ほとんど教えてないけど)から、野菜の種を探しに農業ショップに行く(これ、マーケティングの仕事じゃないよね)と。

ビールの名前にもなってるビンタンの意味は星(インドネシア語)

トイレットペーパーで、唇を抑えた怪しい姿でついていく。

おぉー、種や肥料だけじゃなくて、家畜の薬なんかもあるじゃん。
ワンちゃん、ネコちゃんのクスリ。ピンクのは感染症、ピンクのは紫のは下痢止めっぽいな。
豚さんの薬もあるよ。豚ようのビタミン、アミノ酸、ミネラルだそうな。
ティモール人は家で豚買ってて、お祝い事の時に殺して食べたりするんだけどこの薬とか買う人いるのか?

145日目 12/7(土)

今週やってきたばかりの後輩隊員らを連れて市内観光へ。

古着市場で売ってた、アカンやつ。たったの$5。

まずは、ベモ(乗合ミニバス)の乗り方を教えつつ、彼らが来週から通う、DIT(ディリ工科大学)の語学コースへの行き方を説明。

べもでやたら見かける、アルファベットいもむし。なんか好き。

マンレイウ市場→フルーツ市場→クリストレイと主な観光名所をベモ(エアコンなし)でゆっくり巡ったら、まだ暑さになれていない新隊員の皆さんぐったりしてきたので、慌ててビダウに移動してランチ。

ポルトガル風ステーキのビトケじゃぁ〜。

ここの店前もそうだったけど、AC(=エアコン、インドネシア風にアーチェーって呼びます)がバリバリに効いてて助かるわ~。

暑い中熱いチャイではなく、アイスコーヒーが飲める東ティモールはインドよりマシかも。

その後は一旦解散して、行きたい人は暑い中、タイス市場やEmpreza Diakでやってたアタウロ島の民芸品フェア見て、カフェでエリック(JICA職員)の弟に会って、別の先輩隊員も来て色々お話し。

民芸品フェアでなぜか、ローカルダンスの輪に入っていく新隊員たち。若い、若いよ!

帰宅して浴びた水シャワーが気持ちい〜〜〜ことっ!この日、暑かったなー。

146日目 12/8(日)

我々、青年海外協力隊(現在は名前が変わってJICAボランティア)のお世話を担当してくれている2人のボランティア調整員(VC)という方がいます。

最近来たVCの方が、こないだまでインドでVCしてたということで、ぜひインド話をしましょう!となり、先輩隊員も呼んで、最近ハマってる、バングラデシュ人がやってるインドレストランへ。

ここのビリヤニと雷太の組み合わせ最高。安いし。

いや~、久しぶりにインドのディープな話したわ。人の良さがウリの東ティモール。ここの隊員らが、任国外旅行でインドに行ったら、速攻で睡眠薬入りジュースとかで身ぐるみはがされたり、ぼったくりツアー組まされたりとかしそうだわ。

「人を見て泥棒と思わなくていい」この国、本当に治安がいいと思う。


東ティモールの治安の良さとやる気のなさって、トレードオフの関係になってるのではないかと、ここ数か月ずっと考えてる。


人をぶん殴ってでもスマホを奪ってやろう(例:アフリカの治安悪い系の国)、人をだまして金を奪う・盗む・騙してやろう(例:インド)などの考えは、東ティモール人でする人は相当少ない、てかいない気がする。


「え?お金ですか?まぁ、もらえるならうれしいです。ください。」

でも

「え?お金の稼ぎ方を教えてもらえる?・・・自分で稼ぐってことですよね?う~ん…それはちょっとめんどうなので、それなら誰かがくれるまで我慢します」

というマインドセットの人が大多数で「鳴かぬなら鳴くまで我慢ホトトギス」と言う感じ。


これって、ポルトガル・インドネシア(あと、短いながらも日本や豪州)と400年以上他国に支配された悲しい歴史から、こうなってしまったのではないか、と。

キャッサバ・チップス新しい味買ってきた。

先日のアリりとキリギリスの話じゃないけど、暖かくて、冬に備えなくても死ぬことはないし、栄養は偏るかもしれないけど、フルーツやイモは自生しているものを食べられるので、そこまでガツガツしなくてもいいよー、Ajuda malu(助け合い)の精神だよー。ってことになったのではないかな??

そして輸入のカルビーも買えるとこに行けば買える。首都だから。
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